簡単無料小説

タイトル未設定 - 59話:希望の果てに

📚 目次

59話:希望の果てに

59/60 ページ






【ゼロの孤島】にある、一番高い山の頂上にて…

ワイズマンは、サバトを執り行っていた。

魔法陣の中心には、紫色の紐によって体を拘束されたヨノワール。

その腹部に存在する【賢者の石】は赤い輝きを放っており、ヨノワールは苦しそうな声を上げる。


「ぐうう…うおおおおっ…!」

『【賢者の石】よ…その力を、我が野望のために。……まずは…この世界に残る、全てのゲートをファントムに…』

「うっ、が…がああああっ!?」


ワイズマンが紫色の波動を両手から放ち、【賢者の石】に働きかける。

すると、石は一層強い光を放ち…まるで身を引き裂かんばかりの激痛を感じているのか、ヨノワールは一層激しく悶えていた。

その光に呼応するように、空を覆い隠す雲の隙間からも同じような赤い光が差し込む。




【雪花屋】を襲っていたファントムやグールたちが、突然消滅する。

どうやら彼らを呼び出していた張本人が、倒されたのだろう。

ふう、とソーサラーはため息をつき…これまで戦っていた【ブレイブス】の面々も、疲労を隠せない。

しかし…

ピカチュウはどうしても、心の底から込み上げてくる不安を感じていた。


(――何だろう、この感じ…すごく、嫌な予感が…)

「…おいっ、何だあの雲!?」


ギャラドスがそう叫び、ピカチュウやソーサラーは空を見上げる。

先程まで戦っていたせいか気付かなかったが…空を完全に覆い隠すかのように、真っ黒な雲が広がっていた。

しかもこの雲、見ているだけで不安になってくる。

言いようのない不安に誰もが戸惑っていると、突如黒い雲の隙間から赤い光が漏れ出たかと思えば…雪花屋の方から何かが転がり落ちる音が聞こえてきていた。

「どうしたんだ」とヘイガニを始めとした面々が音に気を取られていると、ピカチュウはオオスバメの背に乗り、オオスバメも分かっていたのかピカチュウを乗せて飛び立つ。


「ピカチュウッ!」

「…ごめん、館長…でも、どうしても行かないと。何か嫌な予感がする…だからッ!」

「スバッと全速前進だー!」

「くそっ、お前ら戻ってきたらジュプトルもろとも氷漬けだからな!?」



しかし、ピカチュウの言う「嫌な予感」は…ソーサラーも薄々と感じていた。

自分の中にいるファントム・フェンリルが騒いで仕方がない。それも、あの赤い光を見た瞬間から…

コータスもだいぶ参っているのか、息を荒げる。しかしただの疲労でないことは、分かっている。

全て、あの黒い雲が…赤い光が現れてからだ。

そう思っていると、ヘイガニとギャラドスが協力して雪花屋の外に誰かを出す。それは、一時的に保護していたポケモンの一匹……ユキカブリだった。


「う、うう…うがああ…」

「おい、そいつ、どうした?」

「館長!この人、階段から転がり落ちたみたいで…だけど、落ちた痛みで苦しんでるわけじゃないみたいだ」

「とりあえず、病院の方に連れて行こうと思うんだが…」

「――う、がああ…ガアアアアアアッ!」


ユキカブリは激しく雄叫びを上げたかと思えば、体中を紫色のヒビが覆い尽くす。

「これは」とミロカロスが叫ぶと同時に、ユキカブリだったそれは2つの蛇の頭を持つファントム・ウロボロスへと変貌していく。

それだけではない。

他の部屋からだけでなく、ポケモンタウンの方でも騒ぎ声が聞こえてくる。


「ファ、ファントムになった!?」

「だけど、どうして…」

「理由は大体分かった。――くそっ、ワイズマンの野郎…面倒なことを!」






〜〜〜






――それは、まさしく絶望だった。




「ひっ…うああああっ…!?」


ある場所では、生まれたばかりの卵の成長を見守っていたポケモンを襲い。



「なん、だ、これ…ぐああああ…!」


ある場所では、ポケモンタウンの騒ぎなど知らず平穏に過ごしていたポケモンを襲い。



「ぐ、う…おおおおおおおっ!」


そしてある場所では、力で蹂躙する荒くれもののポケモンをも…




ワイズマンがサバトを始めたその瞬間、この世界にいるゲートの殆どは抵抗する暇も与えられず、ファントムへと変貌していく。

【ゼロの孤島】でも似たようなことが起こっているのか、所々からポケモン達の絶望に満ちた叫び声が聞こえてきていた。

――そうだ

――これでいい

――このまま石の魔力が高まれば、サバトは完全なものとなる

そうなれば。

ワイズマンが湧き踊る胸の高鳴りに気が狂いそうになっていると、神聖な儀式の場に…無粋な乱入者が現れていた。

ぼとり、ぼとりと黄土色の血を流し…崩れかかる体でありながらもやって来たのは、メデューサだった。


『ワイ、ズマン…!ようやく、ようやくこれで念願のサバトが…』

『…、……メデューサか。まだ生きていたとは』

『ワイズマン…【賢者の石】の力で、私を…お救いください…。あなた様の隣には、この私こそが…!あなた様の道を支えるのに相応しい力を持った、私こそ…』

『もう貴様の能力は必要ない。このサバトが行われたことで、ゲートを選別してファントムを生み出す必要がなくなった…それだけではない。ゲートではないポケモンも、ファントムとなるだろう』

『そん、な…。お願いよ、ワイズマン…私はこれまで、あなたに尽くしてきた…あなたの隣に立つものとして、私は…!』

『私の隣、か』


その言葉に、ワイズマンは一笑していた。

もはやメデューサに歩く力は残されておらず、その場に膝をつく。

ワイズマンに必死に手を伸ばそうとする彼女の姿を、今にも消えそうな意識の中で見ていたヨノワールは…哀れに感じていた。

メデューサ自身もワイズマンに恋しており、彼のためならば行き過ぎた行為をすることも少なくはない…だがその誰かに恋するという感情は、元々彼女のゲートであったセレビィのもの。

彼女もまた、別の意味でゲートの頃の特性を強く残したファントムであったのだ。

しかし、…それがワイズマンに届くことはないだろう。

ワイズマンは“愛”というものを知らない。誰かを愛したこともなければ、誰かに愛されたこともないのだから。

そもそもワイズマンにとってメデューサは、都合のいい道具でしかない。

だからこそ、ワイズマンの目にはメデューサは…煩わしく映っていたのだ。しかし、都合のいい道具だからと今までは見逃していた。

だが【賢者の石】を手に入れ、サバトを行える今、それに耐える必要などどこにもないというわけだ。



『私の隣に立つべき存在など、もはや存在しない』

『そんな、ワイズマン!私を…私を、見捨てないで…私はあなたを…愛して』

『愛、か。――反吐が出る』


そう吐き捨てるように言い放つと、ワイズマンは闇の球体をメデューサに放つ。

それはメデューサの体を大きく吹き飛ばし、彼女はピクリとも動かなくなる。

やっと静かになったか、とワイズマンが改めてサバトに取り掛かろうとすると…突如、ヨノワールに異変が起こる。

ワイズマンがその力を行使していないも関わらず、彼は苦しそうにもがいているのだ。


「ぐっ…うう、…うおおおっ…!」

『これは、どういうことだ…。……まさか…ッ!?』




――同時刻、ヨノワールの中のアンダーワールド――



そこには、ペガサスファントムが開いた渦からやって来たジュプトルが立っていた。

目の前にある、赤く巨大な石。

この距離からでも分かるほどの、強い魔力…自分の中にいるドラゴンの魔力など、比にはならないほど強いそれに、ジュプトルは寒気を感じていた。

こんなものが今までヨノワールの中にあったのか、と思う一方で、こんなもののために犠牲になって来た命があることを思い出し…ジュプトルは、指輪を取り出す。


「ヨノワール…命を狙い狙われる仲だったお前を助けることになるなんて、昔の俺が聞いたら信じないだろうな」

<シャバドゥビタッチ、ヘンシーン シャバドゥビタッチ、ヘンシーン>

「そして、これが俺の…【指輪の魔法使い】としての、――最後の変身だッ!!」

<ファイナル、プリーズ! エフ・アイ・エヌ・エー・エール、ファーイナールホープ!!>


そうして君臨するのは、ファイナルスタイル。

深緑のマントを翻らせながら、ファイナルスタイルは駆け出し…【賢者の石】にグレイラスブレードを振り下ろす。

それだけでは壊れないのか、ファイナルスタイルは何度か攻撃を加える…

しかし、それがワイズマンに気付かれてしまったのだろう。

すぐさま自分をアンダーワールドから引き離そうと、【賢者の石】の力を行使する。

このまま放りだされれば、間違いなくサバトは止められない。

そう思ったファイナルスタイルはベルトにリングを翳し、弾き出されるその前に最大の一撃を放つ。


「くっ、気付かれたか…だが!」

<ハイタッチ! ファイナルストライク!!>

「こんなもの、――壊れてしまえぇぇぇッ!!!」


ファイグラスブレードの刀身に膨大な魔力が集まり、巨大な刃になる。

その大きさは、以前の比ではない。

巨大な大剣となったそれを大きく一振りし、赤と緑の閃光がアンダーワールドを包み込む。




――その瞬間、ファイナルスタイルはアンダーワールドから弾き出され…それと同時に、【賢者の石】は砕け散っていた。




ファイナルスタイルが次に目を開けたとき、立っていたのは…どこかの山の上。

近くには魔法陣の上でヨノワールが拘束されているが、その周囲には赤い石が無数に散らばっている。

「やったか」とファイナルスタイルが一息ついた瞬間、…背に違和感を覚える。

気付けば、ファイナルスタイルの背中には黒い剣が突き刺さっており…背後を向けば、そこには激昂するワイズマンの姿。

刺された痛みは、感じない。どうやらドラゴンは、痛覚をも切り離してきたようだ。


『指輪の、魔法使い…貴様…何ということを…!』

「…悪いが、俺だってそうやすやすとお前の身勝手を許すわけにはいかないんだ」

『黙れ!貴様だけは、生かして帰すわけにはいかん…指輪の魔法使い!!貴様はここで死ねぇッ!!!』

「…元より、その覚悟だッ!」


ワイズマンは闇の剣を作り上げ、ファイナルスタイルの持つファイグラスブレードと激しいぶつかり合いを繰り返す。

今のワイズマンは怒り狂っており、冷静さを欠いている状態…

しかし怒りを力に変えているのか、その猛攻は凄まじく、【賢者の石】を壊すために無茶をしたこともあってかファイグラスブレードの刀身がバキリ、と折れる。

「くそっ」とファイナルスタイルは舌打ちしつつそれを捨て、今度は魔法で応戦する。

“グラビティ”の魔法でワイズマンを拘束しようとするが、ワイズマンは生まれ持ったその超能力で強引に重力を捻じ曲げたかと思えば、ファイナルスタイルに殴りかかっていた。


「…随分と頭に血が上っているみたいだな」

『黙れ…黙れッ!』

「お前は寂しかっただけなんだろう?自分と同じ仲間が欲しかっただけなんだろう。…だが、そんなやり方でファントムを生み出したところで…仲間ができると思うな!」

『貴様に何が分かる!…ただのポケモンとして生まれ落ちた、貴様に…何がッ!!』

「分からないさ。いや、分かりたくもない…分かってしまったら、俺よりももっと怖い鬼館長に頭を冷やされるレベルじゃ済まされない何かが来るからな。……こんな風に!」

『!』


ファイナルスタイルは続けて“ブリザード”の魔法を放ち、ワイズマンの足を凍らせる。

しかし、これはそう長くは持たないだろう…

だが、一瞬だけ。ほんの一瞬だけでよかった。


「ドラゴン、…俺にその力を…貸せぇッ!」



ファイナルスタイルが取り出したのは、アンダーワールドでのみ使えるはずの…“ドラゴンライズウィザードリング”。

それをファイナルスタイルの状態で翳し、内に眠るドラゴンの力を、完全に引き出す。

すると、ファイナルスタイルの体は豹変し…深緑の翼を広げ、胸部にはドラゴンの頭が具現化し、両手両足にはドラゴンの持つ爪。

――なんと、ファイナルスタイルの状態から更に、オールドラゴンへと進化を遂げたのだ。

その姿を見たワイズマンは、一瞬だけ恐怖を抱く。

…怖がっている?

…この、私が

怒りに支配されていた感情はすっかり消え、代わりに湧き出してきたのは…戦いへの欲求。生まれてから今までの自分を形成してきた、感情。


『面白い…ポケモンであることを、自分から捨てるか…。……ならば、勝った方が…この世界を牛耳るファントムと言うわけだ…!』

「…ワイズマァァァァァンッ!」

『…ウィザードォォォォォッ!』


ファイナルドラゴンスタイル、とも言うべきそれが…ワイズマンと激しくぶつかり合う。

互いに死力を尽くす殴り合い。

次第に自分を拘束している魔力すら勿体ないと思ったか、ヨノワールを縛り付けていた紫の紐は消え失せる。

ようやく解放されたヨノワールは、砕け散った【賢者の石】だったものを見た後…ファイナルドラゴンとワイズマンの戦いを呆然と眺めていた。

次第に高まっていくドラゴンの魔力。この戦いが終われば、もはやジュプトルは…完全にジュプトルではなくなるだろう。

彼の希望を絶望の力が上回り、ワイズマン以上の力を持ったドラゴンファントムが生み出され……そうなれば今度こそ、この世界は終わってしまう。


「ジュプトル…お前は、……本当に…」


加勢しようにも、自分の力でできることなどたかが知れている。

ヨノワールは文字通り、見ていることしかできなかった。

そして…

ファイナルドラゴンの攻撃がワイズマンを押し切り、ワイズマンは大きく仰け反る。

最大の一撃を放つべく、胸部のドラゴンカウルに光を集め始めていた。

温かいその光には、ヨノワールやワイズマンにも覚えがある…それはこの世界を照らす、太陽の光。恐らくあれは、“ソーラービーム”に近い性質を持っているのだろう。

チャージに時間が掛かるのもソーラービームと同じようで、ならばとワイズマンは距離を取ろうとするが

――仕留めそこなっていたメデューサが、その足に抱き着くようにしてワイズマンの動きを止める。


『なっ…メデューサ、貴様ッ!?』

『ワイズマン…私は、あなたと共に…あなたの傍にぃぃぃ…ッ!』

『この…どこまでも、足を引っ張る道具がッ…!』

「これで、――終わりだぁぁぁぁぁッ!!」






〜〜〜






島の頂上から、鋭い光が見える。

しかしその光は、先程から何度も見えていた赤い光とは違う…温かくて、優しい光。

それはまるで、あの時初めて見た朝日のような。

【ゼロの孤島】に向かっていたオオスバメとピカチュウは、その光に圧倒されながらも、島に向かうためのスピードを速める。


「あの光…まるで、あの時の…」

「暖かい、光…。お願い、ジュプトル…無事でいて…」



その光は、リザードンとバンギラスにも見えていた。

襲い掛かるファントムの攻撃をどうにか掻い潜り、彼らは戦いが行われているであろう山の麓にまで来ていたのだ。

普段ならばひとっ飛びで行けるのだが、リザードンは戦いの疲労だけでなく先程までキマイラに命を奪われかかっていたためか…すぐに向かうことができず、バンギラスに肩を貸してもらう状態で山道を登っていた。


「あの光は…?」

「急ぐぞ!嫌な予感しかしねぇ…」

「ああ…!くそっ、ジュプトル…死んだらただじゃ済まさねぇぞ…!!」



そして、それはポケモンタウンからも見えていた。

襲ってきたウロボロスファントムだけでなく、町の方で発生したファントムを倒し終え…

ソーサラーは激しく息を切らせながらも、その光を見ていた。

だが、…彼には感じ取れてしまったのだろう。

その光の正体を。そして、それに至るまでの経緯と…“彼”の待つ運命を。


「……あの、馬鹿…」





ワイズマンの体は、消えかかっていた。

…不思議と、消滅すること自体は怖くない…

それどころか、今まで心の中で燻っていた闇が晴れていくような感覚。

――ああ、そうだ、自分が本当に望んでいたのは

――同胞を、ファントムを求めていたわけでもない、戦いを求めていたわけではない

――私が求めていたのは…『救い』だった…


『…野望も潰えた…指輪の魔法使いにも、敗れた。それなのに、……心が…こんなにも晴れやかだ』


――これでやっと、苦しまなくて済む

――孤独を感じなくて済む

――尤も、この世界に残された者達にとっては…これからが地獄だろうがな


『しかし、もう、そんなこと…どうでもいい。……もう…私は、――』





「…ジュプトル!おい、ジュプトルッ!!」


ヨノワールは、何度もジュプトルの体を揺り起こそうとしていた。

ワイズマンに最大の一撃を放った後、ファイナルドラゴンは地面に墜落し…変身を解除。

あの高さから落ちれば普通なら怪我の一つでもするのだろうが、外傷はどこにもない。

唯一怪我らしい場所と言えばワイズマンに貫かれた背中だろうが、その傷も少しずつではあったが塞がりつつある。

…そして何より、その血の色は…黄土色の入り混じった赤。

手の平に残る血を凝視するヨノワールであったが、それでもどうにかできないかと山を下りようとしていた。

だが、そんな彼を…ジュプトルが止める。


「ヨノワール…そこに、いるのか」

「ジュプトル、お前、まさか目が…待っていろ、今すぐ木の実を」

「…ヨノワール。聞いてくれ」

「誰がお前の話など聞くものか!…お前の、話など…」

「……頼めるのは、お前しか…いないんだ。……俺の中のドラゴンは、もうじき俺を食い破り…この世界に出てくるだろう。だから、」

「断る!――貴様は私に、殺せと言うのか…その言葉を、時が止まり暗黒の支配する世界ではなく!!貴様と分かりあい友となった、今…言うのかッ!?」


確かに、あのような状態にまでなった以上…ドラゴンの完全誕生は近いだろう。

ジュプトルも、自分で残酷なことを頼んでいることは分かっている。

だが、今この場にいるのはヨノワールだけであり…リザードンとバンギラスも、リザードンがあの状態では間に合わないだろう。

最悪なのは、…ピカチュウ達がここで追いかけてくること。

そうなってしまえば、特にピカチュウにとって残酷な結末を見せることになってしまう。それどころか、タイミングが悪ければ…ドラゴンファントムに襲われかねないだろう。


「頼む、ヨノワール。…俺はピカチュウに、ファントムとなる姿を見せたく…ない」

「ジュプトル…」

「それから、…【賢者の石】は砕きこそしたが…恐らく、まだ僅かにお前の中に……残されているはずだ。それで、儀式を…止めてくれ。これ以上の被害を、食い止めてくれ」

「…、……不思議なものだな。かつてはあんなに殺したいと思っていた相手だというのに…お前を殺すことを躊躇う日が来るとは。思いもしなかった」

「…ヨノワール」

「私は、お前にはどんな形でもいい。生きていてほしかった…今は、そう思っている。そう…願っているのに…」



僅かに、体内に残っていた【賢者の石】が光る。

これに残されている魔力も、そう長くは持ちそうにない。恐らくはその力を使えても、1回分だろう。

ヨノワールは心を決めたような決意の目で、自分の腹の中に手を入れる。

取り出された賢者の石は彼の手に掴めるほどの大きさで、最初に現れた時とは違いその光は弱くなっていたが…魔力はまだ健在のようだ。


「【賢者の石】よ、――これ以上ファントムが誕生しないよう…絶望の因子を、ファントムを生み出すその根源を!消し祓えッ!!」

「…それで、いい。…?」

“……さん、…ジュプトルさん”


懐かしい声が聞こえる。

自分を呼ぶその声は、――セレビィのもの。

何故だろう、目は見えないはずなのに…ヨノワールが今、どんな顔をしているのかも分からないのに、ジュプトルの目にはセレビィの姿が見えていた。

その手には、かつて贈ったシザンサスの花が一厘、握られている。


「セレ、ビィ…?」

“ジュプトルさん、お疲れさま。…本当に、無茶ばかりするんだから”

「すまないな。お前にも、心配…かけた」

“いつものことでしょう?それよりも、ほら、行きましょう…ジュプトルさんは今まで頑張ったんだもの、ゆっくり休まないと”

「ああ、…そうだな…」


セレビィに手を伸ばし、彼女は優しく微笑みながら、その手を握り返す。

久しぶりに見たセレビィの笑顔。メデューサの演技などではない、純粋な彼女の笑み。

そして…

ゆっくりと、静かに、ジュプトルの目が閉じられていく。

彼の耳には、その後に残された者の叫びが聞こえることは…なかった。






〜〜〜






リザードンとバンギラスが、もうすぐ山の頂上と言うところまで来ていた。

そこへ、ヨノワールが大事そうに何かを抱えて降りてくる。

――ワイズマンに連れ去られた彼が、どうしてここに?

――と言うことは、ワイズマンは

しかし、リザードンもバンギラスも素直に喜べない。それどころか、彼の抱えているものが何かに気付き、声を失う。


「ヨノワール、お前、それ…」

「…まさか…」

「…すまない。私には、こうするしか、なかったのだ…ジュプトルの最期の願いを、希望を叶えるための方法は……ファントムを生み出していないゲートの絶望の因子を、消し去るしかなかったのだ…!」


ヨノワールが【賢者の石】に残された魔力で願ったのは、絶望の因子…ファントムを生み出す要因を消し去ること。

当然それは、既に絶望し生み出されてしまったゲートには適応されない。

…そして…

ファントムと同化し、生み出す寸前であったジュプトルは…


「ジュプトルは、もはやドラゴンファントムそのものになりつつあった。深手を負っても、再生するぐらいに…」

「だからって、…他に方法はなかったのかッ!もうちょっと、いい、やり方ってもんが…」

「リザードン!…恐らく、これが一番の最善だった。それに、セレビィを除いて…あいつと付き合いが長かったのは、ヨノワール自身だ。……何も思わなかったわけじゃ、ないだろう」

「それでも、それでも…ピカチュウにどう、説明すりゃいいんだよ…あいつにどんな顔して謝ればいいんだよッ!」



「――おーい!リザードン、バンギラスー!!」

「……ヨノワールさーん!」



上空から、声が聞こえてくる。

見上げるとそこには、オオスバメとピカチュウの姿。

「どうしてここに」とリザードンが呟き、ヨノワールとバンギラスは目を伏せる。

…彼女と、ついでにオオスバメの行動力を舐めていた。まさか、本当にここまで追いかけてくるとは。

オオスバメは飛び疲れたのかリザードン達がいるところに降り、ピカチュウもその背中から降りると、きょろきょろと周囲を見回す。


「あれ、ジュプトルは?一緒にいないの??」

「ピカチュウ…」

「…その、だな」

「…」

「ねえ、ヨノワールさん、いったい何を持っ…て…」


その時、ピカチュウは気付いてしまった。

ヨノワールが抱えているそれは、…ジュプトルであることに。

彼は随分と安らかな表情で眠っており、それだけならただ疲れて寝ているだけだと済ませられたことだろう。

だがそれが通用するのはオオスバメだけで、ピカチュウはその場で膝をつき、地面に手をつく。

「ピカチュウ」と呼ぶ声が聞こえるが、それが誰のものなのかまでは分からない。


「う、そ…嘘だよね、ジュプトル。……ヘイガニが、言ってたよ…簡単に死ぬつもり、ないって。必ず生きて帰ってきて、【ブレイブス】の一員として…探検隊、やりたいって」

「ピカチュウ…」

「え?え??…え???」

「約束、した、のに。どうして…どう、しっ……」


ボロボロと、ピカチュウの目から涙がこぼれる。

堪えようとしても溢れだすそれは、ピカチュウ自身の感情の表れか。

今まで泣かずにいようと我慢していたリザードンやバンギラス、ヨノワールも、ピカチュウから目を背けるかのように…静かに、涙を流し始める。

オオスバメもようやく状況を理解したのか、しかし、目の前で泣き崩れるピカチュウを見て…泣くことは、できなかった。




「―――ジュプトル…ジュプトルぅぅぅぅ…ッ!」









長い夢を、見ていた。

とても長くて、…懐かしく感じる夢だった。

夢の中での自分は、何かの怪物と戦っていて…仲間と共に、奔走していたのだ。

ゆっくりと起き上がり、そして、自分が涙を流していることに気付く。

…何故?

…先程の夢のせいだろうか

窓から差し込む朝日が、いつもより眩しい。

何故だろうか、いつも見ているというのに、今日は特別なもののように感じられる。

そんな疑問をかき消すかのように、騒がしい足音が聞こえてくる。どうやら未だ起きてこないことを知ってか、起こしに来たのだろう。


「おい、――!…何だ、起きてるじゃないか。珍しく寝坊しているものかと」

「そういうお前は、朝から元気で羨ましいよ」

「早起きは三文の徳という異国の言葉があるだろう?お前が眠っている間にも、俺は鍛錬を続けてだな…」

「とりあえず水は浴びて来い。汗臭いぞ」

「そういうお前も、顔を洗ってシャキッとしろよ!……と言うか、本当に顔を洗った方がよくないか?その顔…」

「お前から見てもひどいのか」

「…あまり昔のことを気に病むなよ。お前には、今があるんだ」

「ああ、分かっているさ」


そう言って、騒がしい男は去っていく。

“お前には、今がある”

その言葉に僅かな引っ掛かりを感じながらも、彼はゆっくりとベッドから起き上がり…身なりを整え始めていた。






***




ヨノワール生存しましたね(あえて重大な犠牲には目を反らす)


遂に始まったサバト…

だからって、館長の氷タイプ縛りを続行させなくても!

ちなみに縛りはこれ以降無くなります。

と言うか、無くならないと色んな意味で困ります。



拡大していく被害…

そして、…まあメデューサの最期は…うん。

むしろよくここまで生きていたというか。女の執念ってすごい。

しかし、愛を理解できないワイズマンに対して愛を叫ぶのは、馬の耳に念仏としか。


色々台無しな変身ソング。

それでも本当に最後(ファイナル)を飾ってしまうという。

最終決戦だけど館長いじりはします。でも、これでもジュプトルは余裕がなかったわけで…

ファイナルスタイル+オールドラゴンと、電王もびっくり全部乗せ。

そして…

メデューサ、お前はどこのアンティキティラ!



館長は光を見た瞬間、全てを悟ってしまったようです。

そして、ヨノワール…

生存確定と同時に一番辛い役回りが彼に。

まあ、彼しか近くにいなかったので仕方ないのですが。ドラゴンも余計なもの(=再生能力)つけたものだから、そう簡単に死ななくなってるし。

セレビィも、最後の最後で本当の意味での出番がありましたね。


そして一番辛いのが…

残された面々ですよねぇぇぇぇ…

あ、ちなみにオオスバメはこの先ファントムを生み出すことは完全になくなりました。

っていうかお前移動中にも異変なかったのかと。むしろ流石すぎるわ。

ところで最後のは一体?



次回!

まさかのウィザブレに先を越されながらも、ウィザダン…ようやく完結です。