…【紅蓮の大地】…
そこにある温泉宿に、ルージュラとピカチュウ、ポポッコにヘイガニは到着していた。
暫く泊まるにしても、かなりの大荷物。
バンギラスとリザードンは二人がかりで横長の大きな荷物を運び、ヘイガニも大きな荷物を軽々と担いでいる。
ルージュラは「うーん」とけのびをしながら、温泉宿を見ていた。
「あら、なかなかいいところじゃないの。気に入っちゃったわ」
「ルージュラさん。宿のチェックインに行きましょう…あ、バンギラス達は悪いけど、荷物を部屋まで運んでね」
「へいへい…くっそ、予想して頼りはるかに重い…」
「愚痴るな、ミロカロスがいないだけまだマシだぞ…ヘイガニ、お前先に行っててくれ」
「おー。……あ、ピカチュウ、後で色々見ていかないか?ジュプトル達への土産話があるし」
「そうだね!突然現れたファントムと戦ってるジュプトルのため、残ってくれてるミロカロスさん達のため、思い出話をたーっくさん聞かせないと!!」
そう言いながら、ピカチュウはルージュラの護衛をポポッコに任せ、早速どこかに向かう。
その間にヘイガニとリザードン・バンギラスは荷物を下ろしに部屋に向かい…
2つの袋の中から、ジュプトルとギャラドスが現れていた。
「「――ぶっはぁぁぁぁぁ!!」」
「しーっ!静かにしてくれよ!?」
「さーてと、俺達は取材ってことで何とかなるが…ジュプトルとギャラドスはここからだな」
「窓から降りればいいだろ。そういうのは大得意だ」
「…お前、身軽だしな……まあ俺もお情け程度の飛行タイプを持ってるわけだし、飛び降りるか」
少なくとも“リザードンの背中に乗る”と言う発想をまったくしない、ジュプトルイズム。
やれやれ、と呆れながらもリザードンは先に窓から飛び降りると、乗れとばかりにジュプトルとヘイガニに背を向ける。
既にオオスバメは目的の【灼熱火山】に向かっており、ジュプトルとヘイガニを乗せたリザードンはすぐさま現場に急行していた。
それにやや遅れる形で、ギャラドスに乗ってバンギラスも移動し…途中でピカチュウと合流し、彼女も乗せて火山まで向かう。
…その様子を見ながら、ルージュラは羨ましそうに話す。
「若いっていいわねぇ、どんな無茶なことでもできるんだもの」
「あら、ルージュラさんも28とまだまだお若いじゃないですか。仕事のできる女として、脂の乗ったいい時期ですよ」
「あらぁ。お世辞でも上手いこと言うじゃない、あなた」
「生憎ですけど私、嘘をつくのも嘘を記事にするのも苦手なので。本心で言わせて貰ってますよ」
【灼熱火山】に向かう途中で、オオスバメが合流する。
彼の話によると、火山内部で2人の姿は見なかったが…温泉街での聞き込みではその姿を見かけた、と言う情報を手に入れていた。
特にオニゴーリはこの辺りでは珍しい氷タイプである上に、元々以上の怖い形相をして火山に向かって行ったという。
「安定した目撃情報だな」とジュプトルやリザードンが思っていると、ヘイガニは気になっていたことをオオスバメに尋ねた。
「なあ、オオスバメさん。……オオタチとセレビィは見かけなかったのか?」
「うーん…セレビィ、どうやら体調不良で立ち寄り所の仕事を休んでるみたいで会えなかったんだよね。オオタチは……あんまり心配しなくても、後から来ると思うよ?」
「…まあ、一応ミロカロスさんへの書置きとして、『【灼熱火山】に向かった、一応こっちに来るならルージュラさんと一緒に【紅蓮の大地】にある温泉宿で待機して欲しい』って書いてたから………十中八九来るな、あの人」
「でしょ?」
「――しっかし、館長に人質作戦って…しかもそれがコータスとなったら、遂にメデューサも年貢の納め時か……?」
リザードンはメデューサに心底同情しながら、全速力で飛ぶ。
それに関してはヘイガニもジュプトルも、横に並んだギャラドス・バンギラス・ピカチュウも納得するほど。
オオスバメに関しては………軽く「まあね!」と言い放つ。
だが、どうしてなのだろうか。
(オオスバメ以外の)全員、胸の中に渦巻くモヤモヤとした霧のようなものが、晴れないでいる…
一刻も早く、2人を助けなければ…とんでもないことになりそうな。
そんな不安と(オオスバメ以外は)戦いながら、【灼熱火山】に向けて急行する……
〜〜〜
【灼熱火山】…
マグマの熱気が大量に立ち込めるこの地域では、流石のオニゴーリでも体力を消費しかねない。
だが、それでも彼はなんとしても必死にコータスを探していた。
その際目に付いたのは、心を無くしたかのように空ろな目で横たわっている者や、狂気に陥っている者…様々な種類のポケモンがいた。
半年近く前から【灼熱火山】ではこういったポケモン達が多く存在しており、まるで太陽が戻る前のこの世界を思わせるほどだ。
「う、あ…あ…ぁ」
「うおおおおお…あ、あ、…あがああああああああああああ」
「……前から聞いてはいたが、とんでもない場所だな。こりゃメンタル強そうな奴しかいけないのも頷ける…が」
ポケモン達の様子を見て、オニゴーリはあることを考える。
例の儀式が起こる前にも【灼熱火山】に来たことはあるが、その時はまだ、実力が高く凶暴な野生ポケモンが多いぐらいだった。
だが、半年ほど前からこういったポケモン達が増えており、訪れる探検隊も善良なポケモンもいない。
いたとしても、ゴウカザルのようなある程度実力のあるゲートを罠にかけようとするファントムぐらいだろう。
一抹の不安を覚えながらも進むと、そこにはよく見慣れたポケモンの姿があった。
――コータスだ。
「!……コータス!!」
「…オニゴーリ、さん」
「メデューサは近くにいない…のか?まあいい、今すぐここから」
「……来ないでくださいッ!私は…私は……」
まるで拒絶するかのように放たれた、一言。
何かに怯えているかのような、表情…
一体何をされたんだとオニゴーリが思っていると、コータスの背後からメデューサが現れていた。
『――いい加減教えてあげたらどうなの?本当のあなたを』
「メデューサ!……どういうことだ、お前はそいつの何を知っているって言うんだ」
「…」
『私が知ったのも、つい最近の話よ。…そうよね、セイレーン』
「……セイレーン?」
「……ッ!」
“セイレーン”
その名前にオニゴーリは暫く考えた後、…あるファントムの存在を思い出す。
その歌声で、人の心を操り多くのポケモンを絶望させるだけでなく、その心を破壊していった凶悪なファントム…
白い魔法使いが日食の儀式の日、大量のファントムを生み出すために利用したファントム……
その名前を、メデューサは、コータスに向かって言い放ったのだ。
「……セイレーン……って、『あの』セイレーンなのか?」
『ええ、そうよ』
「…冗談だろ。ただのファントムだったらまだしも、」
『そうね…いきなり言っても信じられないでしょうから、直接見せてあげたらどう?』
「……」
『…絶望して同じファントムにさせるのと、そのまま殺されるのと…私はどっちでも構わないのよ?』
「………分かり、ました。…ごめんなさい、オニゴーリさん……私は…」
そう言いながら、コータスは歩き出し…その姿を、別物のへと変えていった。
白い翼を持つ、美しいファントム…
セイレーン、と呼ばれるファントムそのものだ。
今、この場にリザードンがいれば、すぐさまそれがセイレーンであると理解できただろう。彼は一度、誰かのアンダーワールドの中で過去のセイレーンを見ているのだから。
「……コータス」
『あなたの知っているコータスは、“私”を生み出した人格に過ぎないんです…私は、あなたの知っている“私”ほど……心優しい性格じゃない』
「…」
『全て、思い出してしまったんです。自分が何をしてきたのか…自分がどうして、記憶を失って……あなたに拾われるまでに至ったのか。――ッ』
突然、セイレーンは苦しそうに頭を押さえ始める。
おい、とオニゴーリが呼びかけるが、それをセイレーンがすぐさま止めていた。
「コータ…」
『来ないで!』
「!」
『……思い出して、しまった以上。…本来の私の…セイレーンの人格が、甦ってきているんです……私は、オニゴーリさんの知ってる“私”じゃいられなくなる。だから…』
「だから逃げろ、ってか?――冗談じゃない、俺はお前を助けに来たんだ。セイレーンであろうが、そうでなかろうが、関係ない」
『だけど…私は!―――戻れない…例えあなたや、ジュプトルさん達が迎えてくれたとしても…私自身が、そうすることができない!!』
できないんですよ、…そうセイレーンはか細い声で呟く。
そして、彼女を激しい頭痛が襲い、過去のセイレーンとしての記憶がフラッシュバックする。
彼女は暫く苦しんだ後、狂ったように笑い出す。
まるで…セイレーン本来の人格に、身を委ねるようにして。
『―――は、……あはははははははははははは……反吐が出る!反吐が出るほど、甘ちゃんだったこと…自分でも寒気がするぐらい!!』
「……コータス、」
『違う!……私はセイレーン…あなたの知ってるコータスは、既に死んだ存在なのよ……今度こそね!!』
「…」
『折角だから教えてあげるわ……私が何をしてきたのか。これを知ったら、あなたもドン引きでしょうね?』
「……」
豹変するセイレーンの態度に、オニゴーリは辛そうな顔を向ける。
それを見ていたメデューサは、くすりと笑みを浮かべていたが
…ふと、疑問を抱く。
オニゴーリとコータスの仲の良さは、彼女もよく知っている。
知っているからこそ、オニゴーリを絶望させる最善の手段だと思ったのだ…しかし、オニゴーリはセイレーンの正体を知っても尚、絶望する素振りを見せない。
(おかしい、…何かが…)
例え記憶を失ったとしても、ファントムとして使った時の力よりは弱いとしても、オニゴーリは誰よりもコータスの歌を聴いているはずなのだ。
セイレーンとしての【歌によって人の心を支配する】力は、ゲートの姿を借りた状態でも発揮される。
――PURIN-cesを絶望するためにベルゼバブが使った、エキドナの能力。
彼女の歌によって操られたポケモン達を、ヘイガニのあの致命的な歌で一瞬動揺させたことを差し引いても、コータスの歌で完全に解放されていた…
今思えば、エキドナより強い『歌での支配能力』に優れたセイレーンだったからこそ、と言えるだろう。
普通のゲートよりは絶望させやすいはずのオニゴーリが、自分の妻であるユキメノコ…ヘルハウンドの正体を知っても絶望しなかったのは、事前に覚悟していたからであること……そして、コータスという新たな心の支えがあったからこそ。
だからこそ、そのコータスを使えば一気に崩れる。はずなのに。
(成程、――だったら【例の作戦】に移る他ないわね)
「いっちばーん!!」
「――館長!」
「って、……おい、あそこにいるのって…セイレーンか!?」
「…あいつが!?」
そこへ、途中から目的を見失っている気がする能天気なオオスバメ…はスルーして。
ジュプトルとリザードン、ヘイガニが空から現れる。
遅れてギャラドス・ピカチュウ・バンギラスも到着し、「これはいい」とばかりにメデューサは笑う。
「お前ら!」
「あら、面白いじゃない……そこのオニゴーリを絶望させた後は、指輪の魔法使いも絶望してあげたらどう?セイレーン…いえ、コータス」
「え…ええっ?」
「コータスが、…セイレーンだって言うのか?」
「冗談抜かせ!そんなはずがねぇ、――」
リザードンはそう言いながらビーストドライバーを構えるが、…不思議と納得してしまったのだ。
コータスの目の前で消えたであろう、グレムリン。
彼女を襲う前に力を使い果たしたと言えばそれまでだが、それでも不可解すぎる消滅だった。
しかし、…もしも仮にコータスがセイレーンであったとしたら?
コータス自身が、セイレーンとしての記憶を失っていて…グレムリンに襲われた時にそれが甦ったとしたら?
――そうなるとグレムリンのあの消滅と、コータスが異常に怯えていたことに、説明がついてしまう。
リザードンの表情と、メデューサが嘘をついている様子ではないことに気付いたジュプトル達は、それが真実だと知り狼狽えるが…
「コータス、お前、………嘘が下手すぎるんだよ」
オニゴーリのその一言で、場の空気が一気に変わる。
『嘘』
その言葉にセイレーンは酷く動揺し、突っぱねるように言うが…
対するオニゴーリはセイレーンに近づきながら、言い続けていた。
『う…嘘?――何を言って!いくら信じられないからって、そんな現実逃避が…』
「そういう意味での嘘じゃない。…お前、まだ完全にセイレーンの記憶が戻ってないんだろ。厳密に言うと、記憶は戻ってきているのは本当だが……今のお前は俺の、俺達の知っているコータスのままだ。今やっているのは、俺達の心を離そうとする…演技に過ぎない」
『何を、根拠に…』
「直感だ。それに……お前がファントムかもしれないってことは、もう、知っていたんだ」
『!』
「「「えっ!!?」」」
オニゴーリの言葉に、セイレーンだけでなく、ジュプトル達も驚きを隠せない。
彼は軽く目を閉じると、周囲の全員に説明するかのように、話し始めていた…
「1年前のポケモン通信の記事だ、――『【灼熱火山】にある炎ポケモンの集落地で、大量の自殺者が出た模様。原因不明の事態で、生き残ったポケモンもその殆どが廃人化している状態。また、この事件で行方不明者が出ており』…」
「それは確か、ウソッキーの書いた記事…だったような。――ちょっと待て館長!」
「そうだ、その時行方不明になったポケモンは……1匹のコータス。恐らく1年前の段階で、セイレーンは生まれていたんだ」
『……』
「そして、暫くポケモンもゲートもファントムも関係なく暴れ回り、その途中で白い魔法使いと接触……奴に操られて日食の時のあの事件に協力させられていたとしたら、――全ての辻褄が合う」
「…そんな」
ピカチュウが、物悲しげな目でセイレーンを見る。
オニゴーリの予想は当たっていたようで、セイレーンは視線を反らすように顔を背けている。
そして…
彼女は震えるような声で、「じゃあ」と尋ねる。
『じゃあどうして、追い出そうとしなかったんですか。――分かっていたのなら、どうして何もしないで、普通に接していたんですか!!』
「……お前が、騙そうとしていなかったから」
『え…?』
「お前は俺達を騙そうとしているようには、見えなかった。記憶を無くしたのも、【雪花屋】で仕事をしている間も、嘘をついているようにも…演技をしているようにも見えなかった。だからこそ、……ここ最近辛そうにしている様子を見て、…大体の事情は飲み込めた」
『……』
「それに、――仕事しないオオタチと違って、お前を追い出す理由がない。お前を拒絶する理由も、嫌いになる理由もない」
――今まで、【雪花屋】で一緒に過ごしてきた日々…
最初の内は仕事が分からず、戸惑うばかりだった。
迷惑を掛けることもあっただろうが、それでもオニゴーリは優しくしていた。
宿に泊まる探検隊達のドタバタぶりに切れることはあったものの、それは【雪花屋】を大事にしているのだと分かっていたからこそ、一仕事(=制裁)を終えた彼を落ち着かせるために茶を淹れるのが日課になっていて。
ジュプトル達がやって来てからは、それが特に顕著で。
いつも楽しい日々だった。
いつまでもこんな時間が、続けばいいと思っていた。
皆と、オニゴーリと過ごせる時間が続けばいいと…
「今まで恥ずかしくて言えなかったが、……俺は、お前が好きなんだ」
「最初は同情心から拾った。見守っていた。だが…ユキメノコを失った心の空白が、お前のお陰で少しずつ埋められていった」
「ファントムだろうが、ポケモンだろうが、そんなの関係ない。俺は、どんなお前でも受け入れる」
「――だから、戻って来い!コータス!!」
その言葉に、セイレーンの瞳から涙が一筋…零れ落ちる。
ゆっくり、ゆっくりとセイレーンもオニゴーリに近づいていく。
そして…
『私、……私も…オニゴーリさんのことが』
―――次の瞬間、セイレーンの腹部を何かが突き破る。
セイレーンが背後を振り返ると、そこには、頭部にある無数の蛇を自分に向けるメデューサの姿…
『メ、デュー…サ……』
『悪いわね、……これでチェックメイトよ』
「「「…コータスッ!」」」」
「「コータスさん!?」」
「――コータスゥゥゥゥゥ!!!」
蛇達が引き抜かれ、セイレーンはその場に力なく倒れる。
ジュプトルとリザードンはすかさず変身すると、メデューサに向かって攻撃…
その間、オニゴーリ達はセイレーンに駆け寄るが、蛇に食い破られた傷がかなりの致命傷になっているのか、声を出すのもやっとだった。
オオスバメはすぐさまどこかに飛んでいくが、医者を呼んでも間に合わない…それどころか、通常の治療がファントムである彼女に効くかどうか。
「コータス!…コータス……!!」
「な、何とかしないと、でも…」
「…分かんねぇ…オレンの実でも効果はないだろうし、ここから集落のあるほうに行くのも……」
「どうしろってんだよ…オオスバメの奴も、どこ飛んでいったッ!?」
『…オニ、ゴ……さ…』
かすれた声で、セイレーンはオニゴーリの名前を呼ぶ。
いくらファントムとはいえ、この重症で無理に喋ればどうなるかは…分かる。
「喋るな!…くそっ、一体…一体どうしたら…ッ!!」
『……ありがとう、ございます。…私を…助けてくださって、それが…例え、最初から仕組まれた……もので、あっても………あなたとの、日々は…楽し、かった……』
「コー…」
『――オニゴーリ、さん…私も、あなたのこと……だい…き……で………』
“大好きでした”
その言葉を告げる前に、セイレーンは完全に息を引き取る。
動かない体。
ヘイガニが慌てて蘇生法を試みようとするも、体温が急速に失われていくのは分かる。
それを見た瞬間、――ビシリとオニゴーリのアンダーワールドに亀裂が入った。
ウィザード・ハリケーンドラゴンとビーストハイパーは「しまった」と叫ぶが、メデューサはグールを大量に呼び出し、彼らの邪魔をする。
更には何体かのグールがピカチュウ・ヘイガニ・バンギラス・ギャラドスにも襲い掛かり、セイレーンやオニゴーリから引き離されてしまう。
「くそっ、……退けッ!!」
「っの野郎…何処まで汚いんだ!」
『褒め言葉をどうも?……さて、絶望する瞬間を間近で見てやろうかしら』
そう言いながらメデューサが歩き出した、次の瞬間。
――爆発が彼女を襲い、視線を向けた先にいたのは、白い魔法使い。
白い魔法使いはハーメルケインを振るい、メデューサに斬りかかる。
その姿には鬼気迫るものがあり、メデューサを完全にこの場で殺してしまいかねないほど……いや、むしろ、一瞬で殺されれば楽になれるぐらいのものが待っているだろう。
『ぐっ!?…白い魔法使い…!』
『……貴様…何ということを!』
『やはり、あなたにとっても絶望させたらいけない類のゲートだったようね?……ということは、奴が【賢者の石】か!』
「――ないない、それはない」
この場を完全に破壊しかねない、素っ頓狂な声。
…オオタチだ。
彼女の頭上にはオオスバメが飛んでおり、どうやらオオタチを呼んで来たのだろう。
だが、オオタチが来たところでこの状況をどうにかできるものでもない。
しかしオオタチは笑顔でメデューサのほうに向かうと、大きな翼を開く。
それはジュプトル達には非常によく見慣れたものであり、メデューサも流石に想定外だったのか、声を失う。
『ただでさえセイレーンという大型爆弾を任せているのに、大事な【賢者の石】をうちの極悪館長に任せるもんかね?』
「「「…ッ!?」」」
『まさか…どういうことっ!?私以外にも監視が…』
『――それこそないない。自分は、あくまで魔法使いとファントム……どっちが得か、見極めてただけだよ?……じゃないと、ベルゼバブ・白い魔法使い・オオスバメさんと多方面にフラグ撒きま千円』
今までオオタチだったものは、ペガサスへと姿を変える。
自分達の知るポケモンが、2匹もファントムだったということにハリケーンドラゴン達は動揺を隠せない。
しかしオオスバメは、それを盛大にスルーしてペガサスに言い放つ。
「わー!オオタチ、そんなのどうでもいいよ、早くコータスをー!!」
『ほいきたー。……じゃ、そういうわけなんで』
『そういうわけ…って、どういうことなのっ!?あなた一体何を』
『ファントムとして好き勝手やるのもいいかな、って思ったけど…やっぱ一つの場所に居続けると駄目だね。情ってのが湧いて困るよー』
そう言いながら、ペガサスは何処からともなくナイフを取り出すと…
自身の腕を軽く切り、その傷口から流れ出る血をセイレーンの腹部の傷口に滴らせる。
「早くー!」と大騒ぎするオオスバメと、「慌てなさんな」と平然とするペガサス。
しかし、そうしている間にもオニゴーリの中のファントムが生まれようとしている。
ペガサスが何をしているかは知らないが、ファントムが誕生すればこちらのもの…メデューサはそう、考えていた。
『何をしても結果は一緒よ。――私の勝ちだわ!』
『…本当にそうかな?』
『……何が言いたいの?』
『参ったねー。あんた、うちの館長の何を見てきてたのさ……例えセイレーンの歌があったとしても、この人は、そっちが思ってるほどメンタル弱い人じゃないんだよね』
アンダーワールドの中…
そこでは、氷のように鋭い体毛をした狼型のファントムが、暴れ回っていた。
――フェンリル
そう呼ばれるファントムは崩壊するアンダーワールドの中で、自らのゲートを見つける。
しかし、その目はまだ死んでいない。
一度完全に絶望はしたものの、…その絶望から這い上がろうとする。そんな目だ。
『……お前はこの絶望的状況で、まだ諦めてないってか。大事な奴も死んだって言うのに』
「…そうかも、しれないな……だが…俺は……そう易々と、この命を投げ捨てる気はない」
『ほう?』
「メデューサ……あいつは、絶対に許さない…どんなことをしてでも、あいつを倒す。あいつの親玉である、ワイズマンも…!」
『復讐、ってやつか?』
「復讐……まあ、ある意味そうだろうな。だが、ただの復讐じゃない…俺は、これ以上俺やあいつみたいな被害者は出させない。…大事な奴を失う痛みは……誰にもさせたくない」
ユキメノコも、コータスも。
…ファントムに利用され、死んだ。
大事なものを二度も失った。
この悲しい連鎖を断ち切るためにも、メデューサやワイズマンを好きにさせないためにも。
「俺のファントムだ、こんな狭い場所じゃ暴れ足りないんだろう?――俺に手を貸せ、いや、……お前の力…俺のために使ってもらうぞ!フェンリル!!」
『………いいねぇ、俺のゲートはこうでないと…張り合いがねぇからな!』
メデューサの目の前で、信じられないことが…2つも起こった。
一つは、オニゴーリが自らの力で絶望を乗り越え、ファントムを生み出さなかったこと…
そしてもう一つは、――セイレーンが息を吹き返したのだ。
ペガサスの生き血は、命を落としたファントムの体さえまだ残っていれば、生き返らせることが可能。
限定的な状態ではあるが、セイレーンの体が完全消滅する前にオオスバメに呼ばれてここまで来たことが、功を奏したのだろう。
『……う、うん…』
「…コータス!あ、それと館長も!!」
『どういう、ことなの…!?一体、何が起きて…』
「――どうもこうもねぇ…メデューサ……テメェだけは、絶対に許さない…地の果てまで追い詰めて、……今日のことを後悔させるような死に様を迎えさせてやる…!」
『ぐっ…、……こうなったら【あの手段】を取るしかない…!』
メデューサはそう吐き捨てるように言いながらも、その場から撤退する。
その間にも、グールはビーストハイパー達が蹴散らし…
白い魔法使いは息を荒げながらも、その場にハーメルケインを突き刺し、今は完全にコータスの姿に戻った彼女の元に向かう。
「待て」とハリケーンドラゴン達が阻止しようとするが、ペガサスとオオスバメに止められる。
そして…
白い魔法使いはコータスの頭に触れると、パキン、とガラスが小さく割れるような音が聞こえてきた。
『……安心しろ、セイレーンとしての人格を破壊した。これで2つの人格に苦しむ必要はない』
「白い魔法使い…」
『君は魔法使いになる資格を得た。その決断も既にしているようだが、…ッ』
白い魔法使いは、その場にガクリと膝をつく。
ハリケーンドラゴンとビーストハイパー、ヘイガニにピカチュウは駆け寄ろうとするが…
白い魔法使い自身が片手でそれを制止し、オニゴーリにのみ用件を伝える。
『……【神の頂】への扉を開くための鍵を、預けよう。もしも、本当に魔法使いとしての力が必要だと思ったその時に…【極寒の霊峰】へ、』
「今すぐ、……ってワケにはいかなさそうだな」
『…すまない。私としても、もはや、限界に近いのだ……恐らく、君が最後の魔法使いになるだろう…その時が来れば、の話だが』
<テレポート、ナウ>
白い魔法使いは息を切らせながらも、立ち去る。
そんな彼の状態に、変身を解きながらジュプトルは考えていた…
明らかに半年前よりも、弱っている。
それは、つい最近会ったばかりのヘイガニやピカチュウなども感じられるほどで、「一体どうしたのだろう」と首を傾げていた。
だが、今は白い魔法使いのことを考えている暇はない。
コータスを充分に休ませるため、オオタチ(とついでにオオスバメ)を問い詰めるためにも、ルージュラとポポッコの待つ温泉宿まで戻っていった。
***
というわけで。
…なんとも凄い方面にフラグの立った回でした。
ちなみに、最初この話を書いたとき、序文として保存していたのは館長視点の最初辺りです。
火山に到着した時にの。
そこから、「あ、このままじゃ詰まる」と思ってジュプトル達方面の話を書き足しました。
じゃないと、足りない。
本当はセイレーンがどれほど性格がアレだったのかとか、白魔によって直接(セイレーンとしての)記憶を封じられた時の話とか書きたかったのですが…
後半の詰め具合を見れば分かるとおり、略しました。
コータス自身はどなたかが仰っていたように、剣ぼっちゃんと似たような境遇なんですよね。
ただし、記憶を失った時の状況が他者によるものとそうでないものの違いがありますが。
伏線は結構前から撒いておりましたね。
1年ほど前の事故の記事とか…
エキドナ回での歌とか…
もっと言うと、ヘルハウンド回前編でのコータスの台詞も伏線ではありましたね。
皆さんはどの辺りで察してましたかね?
個人的には一番早くてヘルハウンド回、次に早いのはエキドナ回だとは思ってますが…むしろ戦々恐々しながら反応見てました。
ペガサスも同様の理由です。
館長ううううううう!
あんたが魔法使いの資格を手に入れたら、本格的に手がつけられなくなるからー!!
…それはさておき…
「あーあ」と言いたくなるほど、死亡フラグが立ってしまったキャラがいますね。
と言うより、もはや死亡するしかないフラグを今回で立てやがりました。
…
……
………
言っておきますが、メデューサではないので悪しからず。
次回!
…ある意味オオスバメを殴ってもいい回w