「総員敬礼!!」
厳つい號令を合図に広間に集まった2000を超える兵が寸分の狂いなく一斉に壇上の大バルト連邦の国旗を背に立つ一等空佐の階級章を左胸と肩につけた黒服の男に敬礼をした。男もそれを見止めるとゆっくりと答礼した。
「休め!!」
再び厳つい声が飛ぶ。
「私がこれから諸君らを指揮することとなったライエルン・ルーデルだ。以後宜しく頼む」
大バルト標準時刻、23時20分。出撃を40分後に控えた大バルトガイア領奪還攻略作戦先発艦隊旗艦【ハイアットエクサラー】では先発隊の要ともいえる航空爆撃隊の激励式、及び隊長と隊員の顔合わせが行われていた。
「私は表に立って長々と偉そうなことをいう気はない。私の仕事は諸君を指揮しガイア領を一日でも早く奪還することだ。無駄口を叩くのは政治家だけで十分だ。我々の第一の任務は皆も承知の通り孤島【アルカディア】の奪還だ。重要性は言うまでもないがあそこは後々バルト海軍の軍港となるばしょだ。海軍は空母を保有するが故間接的に我々にも影響を及ぼしてくる。尤も奪還に失敗すれば大東亞、神聖ホコタテに示しがつかん。諸君もバルト空軍精鋭部隊グリフォンのプライドが少なからずあるのならば十二分に奮闘してもらいたい。だが、くれぐれも墜ちるなよ。諸君が搭乗する機体は自腹で買ったものではなく国から支給されたものだろう。借りものを壊さずに返すのは人間として最低限度のマナーだ。よってくれぐれも人間としての価値を墜落させぬように。話は以上だ。これ以上政治家紛いの無駄話をして貧血を起こされ倒れられては私の面目が立たん。では」
「総員気をつけ!!」
数分ぶりにまたあの声が飛んだ。
「あー面倒くさかった」
3人掛けのソファーの中央で両腕を背凭れに投げ出す恰好でスカーレットが疲れと一緒に声を投げ出した。
「こんな恰好見たら士気が下がるわ」
赤ワインのボトルとペアのワイングラスを両手にダルクがやってきた。
ここは神聖ホコタテガイア領奪還攻略作戦先発艦隊旗艦【ワイルド・エース】のVIPルームであり、つい5分ほど前にライエルンと同じ目にあって来た処であった。
出発まであと十数分。特にやることもないのでこうしてダルクと?茶会?をしようということになった。無論、陸戦隊のダルクは空軍のスカーレット以上に暇であり断る理由もなく二つ返事で了解した。
「ねえ」
徐に天を眺めていた顔をダルクに向けた。
「ん?」
「私は茶会をしようといったはずだけど」
「紅茶の葉がなかった」
「いい加減ワインも飽きてきたわ」
「油でも飲む?」
「あんたねぇ…」
「でもスカーレットが紅茶ってのも面白いね」
「なにが?」
「スカーレット・ナイトメアがスカーレット・ティーを飲むんでしょ?」
「合っているといえば合っているんじゃなくて?」
「ふふふ、あっそうだ!」
「?」
「ココアがあったからココアにしましょう。カフェインばっかとってるとカフェイン中毒になるわよ」
「しかたない…」
そんなこんなで茶会は?ココア会?となった。
「失礼します」
どうぞ。という返答を確認し白い扉のノブをひねって押し開いた。
白を基調とした簡素な部屋の中央には彼女…玲華がソファに浅く座り、刀を手入れしている最中であった。
「今日はお疲れ様」
梓がゆっくりと扉を閉めた時、刀を布巾の上に置いた玲華が微笑みながら語りかけた。
「ありがとうございます。でもあんなこと初めてだったので緊張してしまってうまくできたかどうか…」
「上々の出来と聞いたわよ」
そう微笑みながら語りかけると右手を差し出し梓に座るよう促した。
梓もライエルン、スカーレット同様に空軍を指揮する超兵士ということで数十分前まで例によって式を催していた。但し、その状況はあまり褒められたものではなく、隠れて覗き見ていた玲華も上々とはとても言えない状況に苦笑いすら浮かべてはいたがそんなことを言ってしまっては拙いのでとりあえず褒めておくことにした。
「そうですかぁ。かなり不出来と思ったのですが…」
「誰でも最初は緊張してしまうものよ。紅茶でも入れましょうか?それともコーヒーとか?」
「いえいえお構いなく!ところでその刀は…」
「雪代陛下から直々に頂いたものよ。あなたも頂いたでしょ?」
「はい。でも、随分と形状が違ううえに本数まで…」
机を見つめる梓の目には明らかに自分が授かった短刀とは似つかない少し反りの入った長さの違う一対の刀が映っていた。
「ふふ、これは双剣よ」
「双…剣…?」
「陛下は舞刀とお呼びになられているけどね」
「あ…だから少佐は女皇の舞刀なんですね!」
「そういうこと。あと、少佐じゃなくて玲華でいいわ」
「い、いやそんな呼び方はとてもできま…」
「上官に対する反抗かしら?」
「え…あ…その…」
「冗談よ。好きな呼び名でいいわ」
「じゃあ玲華さんで!」
「まあ私のほうが年上だからね。では私もあなたを梓と呼ぶことにするわ。いいかしら?」
「はい!どうぞどうぞ!」
人生最良の日とはこういう日なんだ。
梓は心中で強く感じた。