地元支部の支援要請を受けて"眼"と対峙したあと、有夏月達が所属する東中央支部の面々は報告を石巻補佐に任せ、任務が終わったその足で昼食を食べにファミレスに来ていた。
「うわ~~結構混んでますねぇ」
呑気な声を出して店内を見渡しているのは、支部長代理の五郎丸柊子だ。
店員に人数を告げたあと大人気なくはしゃいでいる。
「大助さん、見てください~~。オモチャが置いてますよ~~」
柊子はそれを手に取って、大助と呼ばれた少年に向き直った。
大助は千莉と一緒に用意されたイスに腰掛けて、穏やかな、しかし少々呆れたような笑みを浮かべ、
「柊子さん、恥ずかしいからやめろよ…」
と軽く抗議をしている。
「ど~~してですか~~? 可愛いじゃないですか~~」
柊子にそのまま近寄られ、すぐ目の前に差し出されたオモチャを手でガードしながら、
「やめないなら無視する。他人のフリする。…千莉、こんなダメな大人には構うなよ? バカが移るから」
そう言って大助は千莉に笑いかけた。
「大助さん! ひどいですよ~~」
うなだれる柊子と笑う大助を見て、千莉が控えめにクスクスと笑い声をもらした。
「千莉さんまで~~」
恨めしそうに自分を見る柊子がおかしいのか、千莉はまだ笑っていた。
その様子を少し離れた場所から有夏月はずっと見ていた。
千莉の隣りには今大助がいる。
その為、有夏月は自分から進んでその輪の中に入ろうとはしなかった。
(…やっぱり、まだ)
利菜の事が誤解だったとわかってからは、大助への憎しみも大分和らいだ。
だからといって、出会った頃のような関係に戻れる訳もなく、有夏月の大助への対応はそっけないものだった。
「有夏月」
ふいに名前を呼ばれ、ビクリとした。
いつの間にか沈んでいた顔を上げると目の前に大助が立っていた。
大助と目が合う。
(そういえば、こうして顔を見たのは、久しぶりかもしれない…)
ついこの間までは目の仇のように見ていたから、少しだけ新鮮に見えた。
(意外と、幼い顔をしてるんだな…)
自分とは違い、鋭角のない顔立ちだった。
"かっこう"じゃない、"薬屋大助"としての顔を改めて見た感想がそれだった。
大助は有夏月の視線にいぶかしみながらも、
「? 席が用意出来たって」
自分の後ろに有夏月を連れて歩き出した。
席に着くと柊子にメニューを渡された。
「有夏月さん、ここは大助さんの奢りなので、じゃんじゃん頼んじゃってください。千莉さんは何を食べたいですか~~?」
「…おい。今何つった?」
「いいじゃないですか~~。大助さん、私よりお給料貰ってるんですから…、」
「こんなところで人の給料バラすなよっ! …って、そうじゃなくて! 何で俺の奢りになってんだよっ? こういうのは年功序列だろ?」
「だから、大助さんが…」
「いや、おかしいって。払いたくないからって自分の年齢詐称するのは、いくらなんでも大人気ないぜ? 柊子さん」
「い~~んです、どうせ私はダメな大人ですから、」
「…まだ根に持ってたのかよ。はぁ、仕方ないな…」
不毛な争いの結果、とうとう大助の方が折れたようだった。
まぁ、有夏月にとっては誰が払おうが、食べれたらどちらでも構わなかったが。
「ありがとうございます! 大助さん。実は、今月ピンチなんですよ~~。助かります~~」
「結局、そんなことだろうと思ってたよ…。はぁ…」
うなだれる大助。
彼に同情するわけではないが、なるべく安いものを頼もうと思った、有夏月と千莉であった。
「じゃあ大くん、いただきます」
千莉が大助に断わってから料理に手を付ける。
柊子と有夏月もそれに倣った。
「はぁ…、ったく部下から奢って貰う上司が何処にいんだよ…? 土師はこんな事しなかったぜ?」
大助はまだ愚痴を垂れていた。
そんな哀れな彼の前には料理はまだ来ていない。
「ところで…君は何を頼んだの? 料理がまだ来てないようだけど…」
有夏月の指摘に柊子と千莉も乗ってくる。
「本当ですね~~? 大助さん、何を頼んだんですか?」
「大くん?」
千莉に上目使いで聞かれる。
千莉は生まれつき目が見えない。
虫の力を得てから、周りのものを感覚で捉える事は出来るようになった。
それでも、普段は目を閉じているのに…。
(こんな時だけずるい、)
と大助は思った。
「俺はドリンクバーしか頼んでないよ。それに、そんなにお腹すいてないし」
仕方なく素直に白状すれば、
「ダメですよ、大助さん! 3食きっちり食べないと土師先輩みたいに大きくなれませんよっ?」
「そうだよ?」
女性陣から非難の嵐。
大助以上に大助の、平均より低い身長を気にしているようだ。
「余計なお世話だ! どうせ金払うの俺なんだから、何だっていいだろっ」
「…じゃあ、デザートでも頼めば?」
嵐の只中にいる大助を見かねた訳じゃないが、有夏月はそう言って、メニューを大助に差し出した。
「っ…だから、」
と、こっちを見る大助。
また目が会った。
そこで有夏月は気付いた。
今僕は、
誰に、
何をしている?
(僕は、かっこうに、メニューを…?)
「? 有夏月…?」
ここで、有夏月の思考は中断された。
メニューを差し出したまま、フリーズした有夏月に大助が呼びかけたのだ。
我にかえる。
「いや…なら、別にいい…。任務の時も何か、おかしかったし…。食べたくないなら…」
いつも寄せている眉を更に寄せながら、顔をそらして言う。
(何をやってるんだ、僕は…? さっきも、)
大助の顔を幼い、と思ってしまうなんて。
有夏月の意思とは別に今も尚、口をついて出てくる、大助を気遣う言葉が。
普通ならそれでもいいが、自分は彼を憎んでいたのだ。
有夏月は自分が信じられなかった。
「…わかったよ」
渋々といった感じで、大助はメニューを受け取った。
柊子達とメニューを見る大助を横目に見ながら、有夏月は内心、穏やかじゃなかった。
(信じられない…。僕が、かっこうを、気遣うなんて…)
大分和らいだとはいえ、本来あり得ない事だった。
だが、
(なんなんだ…? この気持ちは?)
否定する自分とは裏腹に満たされていく心。
一言で表すなら[安堵]だろうか?
(おかしいのは、僕の方かもしれないな…)
そう思いながらも、有夏月の視線から大助が外れる事はなかった。
自分の変化に戸惑い自嘲気味に笑う有夏月と、
(今日の有夏月、いつもと違う…? 雰囲気がやわらかくなった…のか?)
自分に対する有夏月の態度を不思議に思いながら気付かないでいる大助を、
(大助さんも有夏月さんも、やっぱり年頃の男の子なんですね~~)
柊子だけがわかったようなわからないような、とぼけた様子で微笑んでいたのだった。