「ゔ~~…、ゆ゙ぎの野郎~~、いつまでオレを待たせるんだぁっ?」
オレは公園のベンチで寒さに凍えながら、現在の時刻を近くに建っている足の長い時計―もちろん、とけの足の長さはオレの身長より数倍高い―で確かめた。
「もう8時かよ~~…しかも、6時に待ち合わせしてんのに2時間も遅刻してんだぜっ?」
オレはため息を吐いた。
するとオレの吐いた息が白く濁り、うっすらと消えていく。
「はぁ…一体、何してんだよぉ? 早く来ないとオレ、浮気しちゃうかもだぜ…?」
もう一度息を吐くと、顔を上げ辺りを見回す。
何処を向いてもラブラブのカップルばかりで埋めつくされていた。
(そっかぁ…今日、クリスマスイブだもんな。そりゃカップルが多いわけだ。だから今日も…)
オレはベンチの背にもたれ、今日の発端を思い出す。
そういえば雪から電話がかかって来たのって、確か昼過ぎくらいだったよな…。
トゥルルル…
電話が鳴っている。
電話はオレのすぐ近くで鳴っているのに、あまり取る気がしない。
オレはそんな事はほっておき、さっさと昼寝しようとホカホカの炬燵の中に潜り込んだ。
(そのうち誰かが取るだろ)
オレはそう思っていたのだが…。
トゥルルル…
誰も一向に取りはしない。
ただずっと電話が鳴り続けてるだけだ。
(何で取らないんだ? …ってそうか!)
忘れていたけど、今家に居るのってオレだけだったんだった。
(オレって…どうしようもないバカ…?)
ってそんな事を考えてる場合じゃなかった。
早く取らないともう1コの受話器を持ってる相手、今頃"鬼"になってるかもしんない。
(もしかして、母さんだったり…はないよな?)
葉山家教訓:我が家の一番の権力者は母さんである。
世間知らずの上にお嬢様育ちだから少しでも母さんの"ご機嫌"を損なうような事をしたら…。
この葉山家では生きていけない。
オレは相手が母さんじゃない事を祈りつつ、慌てて受話器をとったんだ。
そう―相手が母さんよりもすごい、オレにとってはある意味天敵と言ってもいい"アイツ"とも知らずに…。
「はい、葉山です」
『ん…? 虹太か?』
げげっ、その声は…!
オレは反射的に身を退くが、相手が受話器ごしと気がついて、半分逃げていた自分の腰を元に戻した。
「―だったら何だよ? オレに用でもあるのか? 雪!」
相手が受話器なら怖くないとばかりにオレは、さっきまで逃げ腰だったくせに、今はケンカ腰になっていた。
『あぁ…、用か。忘れた』
"あっさり"とはこういう状況を言うんだろうか。
受話器ごしにオレと話している相手―倉沢雪はオレに話す内容をあっさりと忘れたと白状してくれたのだ。
「何で忘れるだよ! これじゃ電話してきた意味ないだろっ」
オレは受話器に向かって怒鳴り声をあげた。
『怒鳴るな、耳に響く…。それより、何で早く電話に出なかった! 忘れたのはお前のせいでもあるんだからなっ』
「ゔ…」
ちくしょ~~~~っ!
そこをつかれると痛い…。
(そっ、そりゃ確かに早く電話に出なかったのは悪いと思うけど…、雪が忘れたのは雪の問題で、断じてオレのせいじゃないっ!)
…と、叫びたかったが相手が怖くてとても言えそうなかった。
『まぁ…いいけどな』
「えっ?」
あれっ?
雪の様子が何か変だ。
いつもなら気の済むまで、オレに罵声を浴びせるのに…?
(まぁいっか)
雪の機嫌がたまたまよかった。
オレはそう思う事にした。
『それより…虹太の声聞いたら会いたくなった。待ち合わせしよーぜ。ほら、確かお前の家の近くに、大きい公園があっただろ? あそこで…』
雪の言葉にのせられて、家から徒歩10分の公園を連想する。
大きな池があって、緑地も多い綺麗な公園だ。
(そういえば最近行ってないな…)
「わかった。何時にするんだ?」
待ち合わせをする時間を聞くと、少し間を置いてから、
『6時だ。いいか、絶対に遅れるなよ? じゃあな』
と言うだけ言ったら、雪はオレの返事も聞かずに唐突き切りやがったんだ。
「あ゙~~今思い出しても、ムカツクぜ! …にしても、何でこんなに人が多いんだぁ?」
辺りを見回すと、さっきよりも人が増えている。
一瞬不思議に思ったけど、公園にしては人気の高い場所だったから、クリスマスイブだし、何かイベントでもあるのかもしれない。
所々で首から籠をつりさげたお兄さん達が、道行く人に手当たり次第に声をかけては何かを売っていたりしている。
その横には中年のオッサンが、若い女の子達に声をかけていて、
「なぁ、いいだろ?」
「やーだよーっだ!」
と言う声が聞こえて来たり…。
どうやら断られたらしい。
「ははっ…フラレてやんの」
その様子をずっと見ていたオレは思わず笑ってしまった。
しかし知らなかった。
昼間は家族連れで賑わうのはわかるけど、イブとはいえ、夜になってもこんなに人がいるなんて。
驚きながらもふと視線を戻してみると、目の前にさっき女の子達のナンパに失敗したオッサンがいた。
(なんだぁ? このオッサン…人のことジロジロ見て、)
気持ち悪いと思いながらも、
「あの…何か用ですか?」
オレがオッサンを見上げて聞くと、
「君、可愛いねぇ。いくらでやる? 2万? 3万?」
「えっ? あ、あのっ…?」
何なんだ、一体…?
"いくらでやる"って言われても、オレはそんな変な商売やってねーし、そんな理由でここに来たんじゃなーい!!
「いくら欲しいんだ? 君なら5万出してもいい。 …なぁおい、聞いてるのか?」
「あ…、ち、違っ…う、オレは、」
「何が違うんだ? 君もどうせ、そのつもりでここに来たんだろう?」
「だから、違うって…っ」
何がなんでどうなってんだ!?
そのつもりって、どんなつもりに見えるんだよ!
「オレはっ…、そういうので来たんじゃなくて…」
オレは失礼な誤解をしてるオッサンに慌てて説明したけど、
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ? ほら、いくらでやって欲しいか言ってみろよ?」
(全然通じてないし…何か怖ぇし、早く来てくれよ、雪ーーっ!)
オッサンがオレの胸ぐらを掴んで無理やり立たした。
強引に襟首を引っ張られたせいで、首が絞まってしまい咳込んだ。
「い…嫌だ、やめろよっ!」
「何もったいぶってんだよ、この淫売が! 夜の相手してやるって言ってんだよっ」
「やっ…だぁ、ひっ!」
それでも断り続けるオレにキレたオッサンは、スーツの内ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出して、オレの目の前につきつけてきた。
「なっ…何だよ、それ…っ」
「何って、見りゃわかるだろう? …それとも、君のプニプニのほっぺで試してあげようか?」
「いっ…やだ! …っ、離せぇっ」
オレはオッサンの腕を掴み、胸ぐらから引き剥がそうとしたが、力が強くてなかなか剥がれない。
「離せよっ…、誰かぁ!」
力で適わないなら声で…て、オレは大声を出して周りの人に助けを求めた。
だけど、
「え…? 何で誰も来ないんだよぉ…」
オレがいくら大声で叫んで助けを求めても、誰も振り向こうとはしない。
皆まるでオレとオッサンが見えていないみたいに、横を通り過ぎて行った。
(一体、どうなってるんだぁ?)
オレは首を傾げたが、今はそんな事を考えている場合じゃなかった。
力でも、周りもダメならどうすりゃいいんだよ…?
オレはオッサンの顔をじっと睨んだ。
すると、オレの視線に気がついたのかオッサンが、
「やっと"その気"になってくれたのか?」
と聞いてきた。
(…もしかして、これはチャンスか?)
試しにわざとしおらしい振りをして、オレは密かに右手をギュッと握り締めながら、
「うん…その気になってきた」
「そうか! …あぁ乱暴なマネをして悪かった。怖かっただろう?」
ついでにオレの顔にあててたナイフも、胸ぐらを掴んでいた手も降ろしてくれた。
(いけるかもしんない…)
オッサンはオレの肩に手を回して、
「じゃあ、行こうか」
歩きだそうとする。
早くしないと、チャンスが逃げてしまう。
オレは再び右手を握りなおし、
「ねぇねぇ…、キスしよ?」
と"カマ"をかけた。
そして、オレの予想通り振り向いたところを…
バキッ
骨と骨のぶつかる鈍い音がした。
その音とほぼ同時に、低いうめき声をあげてオッサンが倒れる。
オレの足元にはオッサンが顔を押さえてうずくまっていた。
「へへっ…ザマーミロってんだ!」
オレはオッサンに背を向けて、その場所から退散しようとした。
だけど…、