天皇の大御心に合ふ如く、「私」を去りて行為する、是れ日本人の道徳なり。 天皇の御意志・大御心とは如何なるものなりや。 御歴代皇祖皇宗の御詔勅、皆これ 大御心の発露に外ならず。別けて 明治天皇の教育勅語は、最も明白に示されたる 大御心の代表的なるものと拝察し奉る。
換言すれば、 天皇の御意志は教育勅語に直截簡明に示されある故に、教育勅語の御精神に合う如く「私」を去りて行為すること、即ち日本人の道徳なり。而してこの御勅語の大精神は「天壌無窮ノ皇運扶翼」にして、個人道徳の完成に非ず。
天皇の御守護には、老若男女を問はず、貴賤貧富に拘らず、斉しく馳せ参じ、以て死を鴻毛の軽きに比すること、是れ即ち日本人道徳完成の道なり。
天皇の御為めに死すること、是れ即ち道徳完成なり。此の理を換言すれば、 天皇の御前には自己は「無」なりとの自覚なり。「無」なるが故に億兆は一体なり。
天皇と同心一体なるが故に、吾々の日々の生活行為は悉く 皇作 皇業となる。是れ日本人の道徳生活なり。而して日本人の道徳生活必須先決の条件は、「無」なりの自覚に到達することなり。
橘曙覧先生歌
大綱と天(あま)つ日継(ひつぎ)を先づ取りて
もろもろの目(もく)をあむ国と知れ