ひゅるひゅるっと、全身を震え上がる冷たい風が、格子の向こう側から、包み込むように駆け足で、少女達の回りを過ぎ去って行った
その風を背に受ける少女が、袂に手を入れ、抜き出された手には一つの小さく畳まれた黒い布生地
「…その?W鱗?W…そう言えば…落ちてたねぇ………今まで、肉吸いで亡くなった人達とこの鱗は何の関係があるんだい?」
拡げた黒い布生地からには、七色の光を投げかける?W鱗?Wが5つ
横から、覗き込んだ絢野が問う
『…?W海乙女?W(うみおとめ)です』
「海乙女…って下半身が、魚の尾っぽで、上半身が人間って言う?」
蛍が、少し躊躇(ためら)いながら、記憶の引き出しから?W海乙女?Wっと言う単語を探り出した
『…ご名答…』
少女は、口元に微かに笑みを含ませる
その妖艶な微笑みに、蛍はふんわりと頬を、紅色に染め上げ、少女を一点も逸らさずにすっかり魅入ってしまった
蛍が、少女と目が合えば、ぶんぶんっと頭を左右に振った
「…海乙女ねぇ…英吉利などでは、美しく描かれてるけど、実際は……」
光が差さない出格子窓に手を掛け、少し垂れ下がった瞼を引き上げた風吹が、振り向いた
『…八百比丘尼(やおびくに)…っと言う話はご存知で…?』
「……聞いたことあるな…」
多聞が、乱れたガシガシの髭を触る
『…若狭国のとある漁村の庄屋の家で、浜で拾ったという海乙女の肉が振舞われました…村人たちは海乙女の肉を食べれば?W永遠の命?Wと?W若さ?Wが得られる…すなわち?W不老不死?Wです…
その肉を食べた娘が、十代の美しさを保ったまま何百年も生きました…終いには村の人々に疎まれて尼となり…国中を周って貧しい人々を助けたが、最後には世を儚んで岩窟に消えました』
「…あの…妖嵬は…もともと海乙女で、何かしらの…負の感情を抱いて?W肉吸い?Wに成った…と言うことですか…?」
恐怖を咬み殺しているせいか、京香の震え上がる声が吐息と共に、溢れた
『…ええ…』
「……確か…わての母から…聞いたのだが…商売として……扱われたとか…っとも言っておった…気がする」
「…なんで…?」
久代が、遠くの記憶の糸を手繰り寄せ淡い記憶を思い出しながら、言うせいか、途切れ途切れになっている
そんなことに気にしない蛍が問う
「…大金が稼げるんだよ……」
斎政が、一度唇をグッと噛み締め、小さな声だったが、静寂に包まれるこの屋敷では、十分に聞こえた
「柊っっ!!!それは…っ…!!」
落ち着きを壊して、勢いよく立ち上がり取り乱す
『…柊さん…なぜ…それをご存知なんですか…?』
「それは……」
じっと斎政を少女の瞳孔に映せば、斎政は、眼をのろのろと左右に泳がせ、高坂英一郎に目を配った
それに追い討ちを掛ける
『もう、ずいぶん前から
ご存知なんではないでしょうか…?
?W海乙女?Wがダレなのか…』
高坂や斎政に言の葉を投げかけるが、少女の周りに、醸し出される冷たい雰囲気に、思考の糸が切れそうな、二人の眼に焼き付いた
そして
一瞬
京香と鈴香を暗く陰った瞳を向けられてたのは、ただの見間違いか
「……海乙女が……たくさん…っ…殺さたんだよ…っっ…」
暗く染まる少女の瞳に、射抜かれた斎政が、渇ききる喉奥が悲鳴を上げる中、乱れた息の合間に漏れた掠れた声を張り上げた
それが
?W哀傷?Wを呼び寄せる
合図だったのかもしれない
「う…っ…ああぁああっっ!!」
「鈴香!?」
喉が裂ける悲鳴が、空気の膜を破る
「鈴香さんっ!!」
蛍が、少女の横を通り抜ける
それに、引きつけられるように、少女以外全ての者が、どたどたっと音を叩き上げ、すり抜けて行った
ーーーーーがたがたっ
「…!」
突き上げれるように、少女達が至るこの淡く光を解き放つ黄金の色彩の屋敷が、揺れる
『潮の匂い』
フッと少女は、己の吐いた言葉に体が動いた
鈴香を囲む人の壁を通り越して、縮こまる背に伸びる?W黒い靄?Wから鼻の粘膜を突く?W潮の匂い?Wが渦巻く
羽織りで匂いを防ぐ多聞が、少女を目を細め見る
「うっ…!!」
「風吹?大丈夫!?」
あの時と、比べものに為らぬ想像絶する痛みが、身をゆっくりと屈める風吹の額を襲い掛かる
早くしなければ、皆が死ぬ
少女の頭に、横切る
横切る嫌な思いを頭の片隅に追いやり、何時の間にか、手に収められている鳥の紋章がはめ込められた、太刀を一層強く握り締める
少女は、深く沈んだ声を口から出した
『絢野さん…早く…みんなを後ろへ…して下さい』
「えっ…?」
一瞬、眉間にしわを刻み込んだ絢野の前で、ぞわぞわと黒い靄が少しながら、確実にその靄は大きくした
範囲をずるりと伸ばし膨れ上がった
刹那だった
あ゙ぁ゙あ゙ぁぁあぁあ!!!!
念いを止めていた板が弾き折れたように、天に向かって仰ぎ、目に血管を寄せ集めた鈴香が、彼女自身ではない断末魔を叫び上げる
「いやぁああぁああっーーーー!!」
鈴香を真横で肩を支えて居た京香が、己の妹ではないその姿に、金切り声を切り詰めた空気を切り裂く
『絢野さん…っ!!…早くっ!!』
少女の手の平から、おびただしい札が、辺りを白く白く染めた