『絢野さん…っ!!…早くっ!!』
鈴香のおぞましい姿を見つめる事しか出来ない絢野は、浸透する少女の張り上げた肉声に、我に返る
「……っ…死にたくないなら、早く下がりなっ…!!!」
絢野は、広がる白い札を背にして、鈴香と絢野を交互に見つめる皆の背中を両手で力を込めて押し始める
「でもっ!あの子が…っ!!」
蛍は、絢野の力に負けじとその力に反発し一瞬、少女の姿を視界に捉えたまま、悲鳴にも似た声を発した
「…っ…早くしなっ…!」
声を詰まらせて一層強く背中を押した
「京香様早く…っ!」
柊が、未だ、妹である鈴香から離れたくないっと言うことらしく、脚が震えているが、一つも動かそうとはしない京香を引きずる形で、手を引く
そうであっても、京香は喚き、拒む
「離してっ!!鈴香がっ…!…鈴香が…っ!!」
「京香っ!!鈴香を助けたいかもしれないっ!!でも…今は、あの子に任せるしかない…っ!!」
高坂英一郎が、言い放った言葉はどこか、?W哀しみ?Wが含まれていて
そして
己自身にも言い聞かせているようだった
「京香様…!」
柊が、再び手首を一層強く握り締め、出来るだけ後ろへっと引っ張て行く中で、京香は振り返り
泣き喚き、狂ったように叫ぶ
「鈴香ぁああーーーーッ!!!」
姉上様ぁ・・・・
助けて・・・・・タスケ・・テ・・・
反響する壊れた声は、ただの幻聴か
「みんな…大丈夫かい…?」
絢野の口調は、穏やかな音色だったが、それとは、裏腹に目の色は険しく塗り替えられていた
「ワシは、大丈夫じゃ…」
「わても、大丈夫なんだが……あの…風吹さんが…」
多聞の返答に続き、久代が応える
久代の揺れるその瞳孔が、そろりと、蛍の傍らで、小さくうずくまる風吹の方へと傾けられる
「……大…丈夫……ちょっ…と…激し…い……頭痛…だ…から…」
その視線を感じ取った風吹が、床に向けていた顔を上げ、痛みに耐え続けていたため、大粒の汗が額から頬へ、ぽたりと、伝い落ちる
「……大丈…夫…だか…ら…」
振り絞る声と共に口角を上げて苦笑いにも見える微笑みを向けた
うぁ?Wあああっ!!!
喉が裂けるような叫喚の波紋が、絢野の心の臓に、大きな波として、ゆらゆらと押し寄せる
そして
静寂が生まれた
「退魔師!?何があったんだい?!」
静寂に引き寄せれた先には、己の右眼を握りしめて居るように、強く抑える少女に、勢いよく肩を絢野は持った
『……絢野さ…ん…離…れて…下さ…い…』
絢野に向ける少女の顔は、苦痛で歪ませて、酸素を求めるように息を激しく乱している
そんな姿を見ては居られぬっと、言わんばかりに絢野は言い放つ
「何言ってんだい!!何言おうが、あんたを連れて行くんだよっ!」
『…やめて…っ!!』
少女は、目を見開き血管を浮き上がらし、声を荒上げた
それが、合図だったのだろうか
ざぁーーーっ!
少女の体から這い出る黒い靄が、劈く音と共に、金縛りにあったように、身動き一つ出来ぬ絢野の視界を支配する
叫びが、悲鳴が、不意に広がり溢れる
「…絢野さんっっ!」
「…蛍行くな…っっ!!!」
絢野に飛びつく勢いで、駆け寄ろうとする蛍を、手を引いた風吹が絞り出した声が、木霊させた
「鈴…っ…鈴香…っ!!」
「あ…あ…ぁ…」
黒い靄は、風を取り入れ渦巻きながら?W普通の人間?Wのように、鈴香の形(なり)を、ぐしゃりっと作り上げる
その様子に、絢野は、乾く喉から劈く断末魔を叫び上げることはない
いや、出来ないのだろう
助けて・・・・痛い・・・痛い・・・
・・・・死にたくない・・・・
・・みんな・・・・・許さ・・・ない・・・っっ!
少女の心に、雪崩落ちた悲哀と怒りの叫び
『絢野さんーーーっっ!!』
警告を意味を含んだ言葉が発せられた同時だった
鈴香の形が、口を耳まで裂けさせて歯が剥き出しになる両端に、人を襲い掛かり食い千切る時に使ったと思われる、咎れた犬歯を今一度しゃかりっと鳴らすのも、つかの間
鈴香の形が、絢野の首に飛びついた
「やぁあああぁあーーーーっ!!」
ーーーまた、奪ってしまうの?
ーーーーーー目の前に居るのに?
鼓膜を刺す金切り声の叫喚が鳴り響く中、少女は、へたり込んだ己の体を乱暴に奮い立たす
ざしゅ・・・・!
飛び散った血を含んだ白い包帯が、宙にはらりと舞う
「あんた・・・何してーーーー!?」
少女は、絢野に何も言わない
鈴香の形の鋭く尖った爪が、額を掠ったらしく、血を少なからず垂れ流している少女が居た
『……』
「二人共大丈夫ですか!?」
横目で、背後に居る斎政の位置を確認した少女は、絢野の腕をグッと持ち勢いよく後ろに飛ばした
「絢野様!……っと…」
どうやら、斎政がなんとか上手に絢野を受け取めてくれたらしい
許さ・・・ない!
みんな・・・・死ん・・・でしまえ!
鈴香の形が、怒りを燃やしたのを会釈した少女が、襖に対し、大きく両手を広げて、その腕を交差に動かせば、襖が同じ動作をし、ぱたんっと閉まる
ざっ!
しなやかに振られた腕から、おびただしい白い札が飛び出し、襖に寄せられて吸い付くように張り付いていく
その動きを6つ繰り返す
最後の襖が、閉まれば、少女は後ろに手を引き、恐怖の色の空気を切り裂きながら、前に勢いよく突きだした
札が、じわじわと内側から文字が赤色に滲み溢れる
『……結界は…6つ張りました…しかし、あまり長くは持たないでしょう』
振り返らないまま少女は、感情の篭っていない文を発した
そんな姿を、薄っすら目を開けて捉え、未だに頭を割られるような激痛に耐える風吹が、苦痛に顔を歪ませて口を開ける
「…っ…おい…鈴…香さんの…体…から…鈴香さんの…タマシイを…引き…離したら…いいんじゃない…か?それなら…僕も…出来…る…から…」
『それは…無理です……乗り移った妖嵬と、鈴香さんのタマシイは、もう一体化してしまっています』
なんの間も開けずに、即答に応える少女が、額から落ちる真っ赤な液体を手の甲で拭き取り
言葉を付け加える
『…それに、そなたの今の体では、鈴香さんのタマシイを引き離す前に、壊れるから…』
「お願い…っ…鈴香を助けて…っ!」
背後に居た京香が、少女の肩を掴んだ
しかし
「…あ…あ…あなた…眼が…」
長い髪の間から、普段なら包帯で隠されたその右眼がぎょろりと覗かせていることに、京香は後退りをする
久代が少女を覗き込めばーーーー
「ひぃぃっ!…あなた…っ!」
バ
ケ
モ
ノ
っと象られた久代の唇
右眼は、一点の黒もない?W白?Wの虹彩で、額からすーっと流れる血と変わりない真っ赤な瞳孔
ーーーあぁ、離れていく
少女の何かが、割れた音が耳を支配し始めている
少女は、見る全てがぐにゃりと歪む視界の中で、己の右眼を捉えた全員が、恐怖の色を醸し出す姿を刻み込んだまま、ゆったりと瞼を下ろした
身を知る雨が、少女を濡らした