だれかがわたしを呼んだ。
「ムッシュウ・トーマス、シリアにおいでになってたんですか」
振り向くと、アンソニーがジンジャーエールにどっぷりつかって
しわが入ったぼろぼろの契約書を持って立っていた。
「ムッシュウ・トーマスがそのままキプロスに向かうなんて
思わなかったから、アラビアに来ちゃったんですよ」
わたしはアンソニーが言い訳をしているな、と思った。
「本当は、」わたしは口を開いた。
「キプロスにいたんだろ」アンソニーは首を縮めた。
「いくら待っても俺が来ないから、アフリカに遊びに行って
しまおうと思ったんだろ。そしてそれは契約書に違反することに
なるから、」
わたしは、その紙きれを指さした。
「ジンジャーエールをこぼしたようにして、端を少し破いただろ」
アンソニーは言った。
「正解です」
「何が『正解です』だ」わたしは怒る気にもなれなかった。
「今度から、契約書がおまえの行動をくい止めるなら、すっかり
火の中に入れてしまうんだな。ジンジャーエール位では
紛失と認めないぞ:
「しかし-----」アンソニーはやり返した。
「あなたも今は認めざるを得ないでしょう。さもないとここは
キプロスじゃないから殺されますよ、-----そうでしょう?」
--------------------------------------------------------------------
アンソニー注釈:
…実際、私たち二人は多くの国に赴き、その途中で
船の乗り違えで離ればなれになってしまったことがある。
…その時のことを、このようなあっさりしたエピソードとして
すまされてしまうとは。
いつか私が、こんな物語の一つ一つを、書き直さなくては
ならないのかもしれない。
ジンジャーエールについて。この時代には、まだ存在しなかった
はずである。数年前、サムがカナダに行った時にそういう
新しい飲み物を見つけた、という話を私たちは聞いた。