後日談。と言ってもたいしたストーリーもなかったのだし、わからないところの補完程度に思って楽にして聞いてくれ。
まず、あの子。
平井かなさんは助かった。
結果的にだが。
傷害罪、器物破損とそれから殺人未遂はしていない。
あのお札はどうやら詐欺ではなかったらしく、終わってみれば拍子抜けで、ボロボロになって放置されていたあの子の足から剣の形をした祟り神を抜くと、足は治ったようだったし、両親もつきものが落ちたかのようにあの子を気遣っていた。
ただ、両親からは怪異に憑かれていた頃の記憶は消えてしまっている、というかうまく改変されてしまっているようで、私が自宅に不法侵入をしてあの子をボロボロにしたと思ったようだ。
私は逃げるように家から走り去った。
言い訳のしようがない絵図ではあっただろうし、私、相当ガラが悪いからなぁ。
それから、あの子にはもう会っていない。
まあ、無理に真実をあの両親が知る必要もないだろう。自分の両親が自分への暴力を忘れ責任を私に全て押し付けているという構図にあの子は何を思うだろうか。
両親を恨むだろうか。
私を忘れてしまうだろうか。
幸せになろうとするなら、後者をあの子は選ぶべきだと思う。だけど、忘れて欲しくないと思う自分も確かにここにいる。
やっぱり私は自分勝手だ。
あの子に自分の理想を押し付けただけかもしれない。
私のしたことはあの子の苦しみを助長しただけなのかもしれない。
でも、確かに、あの子にとっての天災、祟りはなくなった。
出来ることはしただろう。ちゃんとできたか、よくわからないけれど。
でもきっと、そういうものだろう。
あとは、あの家族に任せよう。
きっと生きていれば、傷は癒える。時間が解決してくれる。
助けてくれる人がいるさ。
それはもう、私じゃないようだけれどね。
ちなみに、祟り神は一時的に私が引き受けている。今のところ支障はないようだ。無神論者には無力な怪異なのかもしれない。神様を信じなくなったこの国で、祟り神は少しずつ弱っていったのだろう。
それから、もう一つだけわかったことがある。というか、なんで今まで知らなかったのか不思議なくらいのことだけれど、まあ、仕様がない。
びっくりしたし、受け入れたくなかった。
と同時に、いろいろと納得できたのも事実だ。
まあ、言ってしまえば、それも貝木に教えられたのだけれど。
今回はどうもあいつに借りを作りすぎている。いつか一気に返済を求められたらもう打つ手がない。おとなしく、成仏でもしようか?
簡単に言えば、私は幽霊だった、らしい。
怪異だったらしい。
私自身が。
私が怪異そのものだったから、悪魔を引き受けることができた。
祟り神を引き受けることができた。
不幸を、引き受けることができた。
そういう性質の怪異、だそうだ。
とは言っても、何か大きな変化があったわけではない。生活はいつもどうりだし、昔の記憶もある。考えることもできる。ものだって掴める。触れられる。
だから、実感はあまりない。
けれど、記憶については思い出したことのほうが多い。
私はとっくに死んでいた。
いつも夢の中、カッターナイフで手首を切る私。
あれは本当にあったことだった。
そりゃあ、悪夢を見るわけだ。自分の死なんて、それ以上ないトラウマだろう。
あきらめが悪いなんて言って、結局自分の命を諦めていた。それでも化けて出るあたり、やっぱり諦めは悪いのかな? ずいぶん迷惑な粘着質だなぁ。
幽霊。
補導もされないし、一応、児童傷害罪と住居不法侵入の容疑者なのに、そのへんをうろうろしても捕まらない。こんなわかり易い外見もないだろうに。
ピンクのジャージとボサボサの金髪。警察が無能なわけじゃない。
見える人にしか私は見えないのだろう。
たとえば、不幸を抱える人とか。
捕まらないわけだ。
その気になれば壁抜けとかもできるのかもしれない。
しかし自分の存在の理由こそが蒐集だったとは。
趣味ではなく使命。
知ってしまうと、途端にやる気がなくなってきた。
縛られるのは苦手なのだ。
貝木曰く、
「あの幼児に付いた祟り神の無力化までが今回の依頼だったのでな、報酬は払おう。しかし、怪異としての自分をあまり忘れないようにすることだ」
だそうだ。怪異がその怪異の性質を忘れれば、存在していられない。私が無償の人助けをし続ければ私は消える。
そういうことらしい。
知ったことじゃないが。
死んだあとに意志を持って歩けている時点でラッキーだ。贅沢は言うまい。
今思えば、私が怪異だったからこそ、貝木は私に怪異の知識を与えたのかもしれない。私は人間ではないのだから。傍からみればあいつは怪異だの結界だのと、痛い独り言を喋っていたおっさんだったのかもしれないな。
それは愉快だ。
それから報酬について。
なんと悪魔の左腕を持っていたのはかつての宿敵、あの神原駿河だそうだ。さすがに貝木もここに来て嘘は言うまい。と、いつの間にかあの詐欺師を信用している自分がいることに苦笑が漏れる。
神原選手もまた悪魔につかれ、不幸を抱え、私と同じようにバスケを捨てたのだそうだ。
おせっかいでもかけに行こうか?
そうだそうしよう。
私は今ならきっと、彼女に一泡吹かせられる。
この幽霊の体なら、何をしたって世界の方がつじつまを合わせてくれるだろうから。
話だって出来る。もしかしたら、また彼女とバスケが出来るかもしれない。
怪異らしく、人間のフリをして。
人間らしく、彼女と遊ぼう。
神様は見ていてくれていいよ。
ここでの小細工は悪魔様がやってやるからさ。
未来への興味を支えに歩くなんて、いつ以来だろうか。
頬が熱い。口元が緩む。
今鏡を見たらどんな表情をしているのかな。
それでも街の真ん中で、大声で笑わないのは私がまだ人間だからだろう。
恥ずかしいし。
神原選手。君はこの私を見て、どう思う?
最低なやつだと切って捨てるかい?
君とは話したことはないけれど、バスケでは幾度となく戦った。
君は私と勝負して、楽しかっただろうか。私はすごく楽しかった。
あんなに楽しいのは初めてだった。
だから、願わくば君にはこう思って欲しい。
沼地蝋花は不幸の蒐集も悪魔のパーツも関係なしに、私とバスケをしにきたんだ、と。
そういえば、君とは公式戦では戦ったことがないね。
本気で一度、勝負してみたい。
そう思うのはわがままかな。
そう、私は、わがままだ。わがままだから、君を助けてなんてやらない。
君と遊びたいだけだ。
考えてみれば、何に負けたのかも、なにを諦めたのかも、曖昧な人生だった。
だから、わたしは君とバスケがしたい。私が唯一、ちゃんと勝てて、ちゃんと負けられる唯一のものだから。
私はきっと君とは上手く話せない。友達だなんてだいそれたことも言わないよ。
多分、私は君を怒らせる。苦しめる。
そんなの私の知ったことじゃないけどね。
現役時代は君を嫌いだった気がするけれど、今思えばそんなこともない。
私にできないことをする君が、羨ましかった。
そうだ。
ここらで会いに行ってみるのも悪くはない。
ただ君に、あってみたいよ。
「たのしいな」
――――花物語に続く――――