「そしてこれは、どういうことなんだろうね」
仕方がなかったとはいえ。
報酬が惜しかったとはいえ。
あまり趣味に傾倒するのも考えものだ。
「まあ確かに、この仕事は貝木には似合わない」
だからといって私に似合うというわけでもないが。むしろ相性は最悪だといえる。あくまで貝木と比べて、五十歩百歩というやつだ。
まさか保育園の臨時職員とは。
貝木が子供たちに囲まれている姿なんて、想像すらできない。ありえない。面白すぎる。
しかし、よくここの職員も子供たちを私に任せる気になったものだ。ヨレヨレのジャージにボサボサの明るい茶髪。オプションには松葉杖。私が親だったらこんな奴に子供を一分だって預けたくはない。
そして、私も良く引き受けたものだ。
子供は昔から苦手だった。足を壊してからは特に。
「お姉ちゃん、どうしたの? かいきってなあに?」
だって子供達は幸せだ。どこにいたって。誰といたって。
私とちがって。
幸せは、特に他人のものは、私には毒だ。
「なんでもないさ。それで? 次は何をするんだい?」
小さな椅子に腰を下ろして、私は目の前の子供たちに言った。
ズキリ、と右足に鈍い痛みが走る。
全く。人が松葉杖を付いているのに鬼ごっこなんかやらせやがって。これだから子供は嫌いなんだ。
礼儀とか。遠慮とか。不幸とか。いろいろ知らないから。
この痛みに、本当は鬼ごっこなんて関係ないのだけど。
トラウマに耐えて、ストレスに耐えて。それでもいつか知った通りに子供たちに視線を合わせている私は、自分で思っているほど強くはないのかもしれない。
「えほんよんで」
十人くらいいる子供たちの中の一人がそんなことを言った。ボーイッシュな感じの声の小さい女の子。ほっぺたには絆創膏。足に怪我をしていて鬼ごっこには参加していなかった子だ。
鬼ごっこの最中も一人で本を読んでいたらしい。
らしいというのは、私が子供たちを把握しきれず、不在に気づかなかったということ。
仕方がないけれど、悪いことをした。
私は確かに他人の不幸を食い物にして自分を支えなければ立っていられない。善悪で言えば明らかに悪といわれるもの。
それでも、他人が不幸になればいいとは思わない。
不幸を養殖しようとは思わない。
そんなちっぽけな意地から生まれた罪悪感のようなものが私をそのリクエストに応えさせる。
「わかったよ。それじゃあお姉さんが絵本を読んであげよう」
何人かの子供から「えー」とか聞こえるけれど、無視。鬼ごっこの最中もセクハラばっかりしてきやがった男子たちだ。物語でも聞いて少し落ち着け。アグレッシブすぎる。
絵本を探しに席を立とうとすると、リクエストをした女の子が絵本を持ってきて手渡してくれた。
「これ読んで欲しいの?」
こくり、と女の子が頷く。
この子のために読むようなものだ。それくらいお安いご用だった。
「じゃあ、読むぜ。ええと……かみさまの物語?」
ずいぶんと高尚なタイトルじゃないか。気に入らない。一人だったら絶対に手に取る機会のない本だろうな。まあせっかくだし、貴重な経験ということで是非ご拝聴願おう。
読み始める前に大きく息を吸って呼吸を整える。体に酸素を満たす。結構緊張するものだ。
……全然関係ないのに、一瞬、体育館の懐かしい香りがした気がした。
「……むかしむかし、このほしにいのちがうまれるまえのおはなし。」