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ろうかゴッド - 0 0 3

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「お疲れさまです。今日は助かりました」

 一緒に仕事をしていたベテランの保母のおばさんさんが、ベンチに寝ている私にそんなことを言ってくれた。正直、へとへとだった。社交辞令も出てきやしない。

「はい。ほんと疲れました。私こういうのむいてませんし」

「あらあら、そんなことありませんよ。子供たちも喜んでいたわ」

「珍しがってただけですって」

 私はベンチから起き上がって保母さんを見た。全然疲れてなさそうだ。お肌が私よりもよっぽどツヤツヤしている。

「私、いろいろあって、子供とか苦手なんです」

 それを聞いた保母さんは少しだけほほえむ。笑いがこぼれたという感じの少女のような顔だった。おばさんなのに。

「でも、嫌いじゃないでしょう。特に本を読んでいる時のあなたはすごく真剣な顔をしていたわ」

 あの男子たちに本を聞かせるってすごいのよ。とおばさんは言った。

 私は本当にそんな顔をしていたのだろうか。考えてみてもよくわからない。自分の顔など自分で見ることは出来ないのだ。だから、答えも曖昧になる。

 それに、あの絵本。

 あの絵本には私も影響を受けたというか、妙に納得させられてしまって、読み聞かせているというのを忘れてしまいそうだったというのもある。

「どうかしましたか?」

「……あの絵本。あの子のなんですか?」

「そうですよ。あれは平井さんが毎日家から持ってくるんです。歩くのも大変なのにあれだけは一度も忘れたことがないんですよ」

「そうですか」

「あ! そうだ、平井さん、まだお迎えが来ていないのよ。今はほかの先生が見てくれてるけど……」

「それは……少し遅すぎませんか?」

 迎えって、もう夜の八時だ。保育園児ならもう寝ても不自然ではない時間帯だろう。

「そうなんです。ちょっと家庭に問題がありましてね、いろいろと。たまに私たちが送っていくこともあるんですけれど……そうだ」

 保母さんが何かをひらめいたように言葉を切った。嫌な予感がする。

「沼地さん。彼女を送って行ってやってくれませんか」

「マジですか?」

 嫌な予感があたってしまった。けれど、予感なんて大体が根拠のないものだから、理由なんてこれっぽっちもわからない。

 どうして私が? わからない。

「どうして私が?」

 わからないから、聞いた。

 保母さんは迷ったようにうつむいてから、うつむいて、少し経ってから顔を上げた。迷いはもうないようだった。

「あなたが彼女にとってかけがえのない存在だからです」

「へ、え?」

 驚いている私をよそに保母さんは話を続ける。

「彼女の足、治らないんですよ」

 ずきん。

 聞き覚えのあるフレーズに体のどこかに痛みを感じる。

 警告音が頭の中で鳴る。これ以上聞いてはいけないと。

「二歳までは健康だったそうです。見た目どうり、外を走りまわる元気な子だったと」

 ずきん。ずきん。

 痛い。一体どこが痛いんだろう。全く、トラウマってのは厄介だ。本業にまで支障をきたしてしまう。

「五歳になって、ここに入った時にはもう、ほとんど歩けていませんでした。しかも原因不明」

 ずきん。ずきん。ずきん。

 痛い。痛い。ほんとに痛い。

 これ以上あの子の存在に近づいたら、私は壊れてしまうかもしれない。

 好き嫌いが多い私は、不幸潭だって選り好みする。なんでもいいというわけじゃない。とくに足に関するものだけはアレルギーだ。

「なにかあったのか、同級生にも先生にも心を開かず、今まで一言だって話してくれなかったんです」

 今日のあなた以外では。と保母さんが付け足した。

 息が苦しい。もうだめだ。だめだけど、なんとか理性の中から言葉を探す。

「……児童相談所とかに相談したほうがいいんじゃないですかね」

 普通に考えればそうだ。こういう事件性があったり、理解不能だったりする不幸は私の食い物にはならない。そして、この子のケースはやっぱり私の手の及ばない種類のものだろう。だから私は『私に全て任せておけ』とは言わない。奇しくも私はいつものように、マニュアルどうりに動いている。

 しかし保母さんはうつむいて言う。

「何度もしました。しかし取り合ってくれないのです。本人に目立った外傷がなく表面上は仲のいい家族ですから」

 保母さんも戦ってきたのだろう。そして敗れた。悔しそうに唇を噛む保母さんの顔はさっきとちがって年相応に見える。

 どうしてか、さっき読んだ絵本の内容がなぜだか思い浮かんだ。


 神様が、何もない地球に降り立って、しかしその地球を愛す。

 愛のままに、美しいものを求めてやがて神様は一本の大樹を登り始める。

 大樹を登りきったのち、下を見ると、枯れ木だった大樹に花が付き、その花びらに覆われた地球は最初の春を迎えた。

 そして、神様は人間を作り、美しいこの地球を共に最後まで見届けようと、感じる力を人に与えた。

 そして人はその力のままに考え、協力し、街を作り、争い、破壊した。

 しかしそれでも、神様はこの星の全てを愛し続けた。


 要約するとこんな感じだ。正直な感想として、難しい。五歳児に聴かせるようなものではないし、また、読むようなものでもない。と思う。

 しかし、この一途な神様は、ひとつの点で現実の神様と同じ考え方をしている。

 神様はすべてを愛している。

 この一言で全て片付く。

 足を壊した時、私は後悔した。

 同時に、神様を恨んだ。

 どうして私なんだと。私が何をしたのだと。

 ここからは私の持論となるが、私の足が壊れたのはただの偶然だった。私はそう納得している。そこに意図はないし、他意もない。

 全てを愛すると聞けば聞こえはいいが、実際そんなことはない。

 それは、すべての価値の喪失だ。

 家族も、自然も、戦争も、災害も、生も死も。

 等しく愛せてしまうのならば、世界の外からそれを眺めているだけで神様は幸せだ。

 誰かを救う必要もないし、誰かを貶める必要もない。

 究極の平等。

 絶対的な放任主義。

 だから神様は敬謙な信者たちを見殺しにするし、残酷な虐殺を神通力で止めたりもしない。どころか、神様はその仮定すら愛してしまうのだろう。

 幸福も不幸も仁愛も残酷も。

 神様はすべてを放置する。

 神様って、ニートだったんだ。

 あの絵本を読んでいるとき私はそんなことを考えていた。

 あの子もそんなことを考えていたのだろうか。

 自分の境遇も不幸も、神様は救ってくれないと。

 それとも、あの一途でニートな神様に祈って救いでも求めていたのだろうか。

 だとすれば愚かだ。愚かじゃない子供なんていないけれども。

 結局、その祈りは救われない。

 そして私は神様が嫌いになった。もともと嫌いだったけれど更にだ。

 同族嫌悪にも似た気持ち。

 祈りを聞くだけ聞いて放置する。あとは勝手に助かるだけ。

 これじゃどこかの誰かさんじゃないか。

 人の専売特許をパクるなよ(パクったのは私だと思うけれども)。

 あの子はきっと、このままだ。

 放置されて、救われない。


「わかりました」

 こんな気持ちは久しぶりだった。あの悪魔の足を引き受けた時のような純粋な気持ち。

 きっと、そんな境遇の子に深く関わったら私は今のままではいられない。決心したのにまだ体中が痛いもの。それでも、今まで何もしてこなかった私だけど、

 不幸を伴わない、当たり前の人助け。

 の手助けぐらいなら、私にだって出来るだろうか?

「そうですか。すいません無理言って」

「大丈夫ですって。私、本業はカウンセラーですから」

 どの口が言うのかとも思ったが、保母さんには受けがよかったので良しとしておこう。

 それに、あの絵本のおかげで私は自分を少し知った。

 例えば、カウンセリングの名前。死神様とか、魔王とか、全部、神様が嫌いな私のネーミングセンス。

 そのお礼としても、ちょうど良いイベントだろう。

 そうだ。

 今回も、仕事ということにしよう。そのほうがやる気が出るし、そのまま次につなげられる。もしこれがうまくいけば、松葉杖や不幸の他にも私の支えを見つけられるかもしれない。

 名前は決めた。

 ?悪魔様?

 うん。いかにも神様に牙を対抗しているって感じでいいじゃないか。