まさに目にも止まらぬ速さだった。華麗に、流れるような挙動でノルンは立ち回り、手刀や嘗底を撃ち込み、切れ味のある蹴りを見舞っていくが、決して傷つけるための攻撃ではない。相手の悪意を流し去り、本当に討つべきもの、謎の鎧だけを粉砕し、中の人間は全く傷つけることはしない。ノルンが身につけた、新たな戦闘スタイルである。
超人レベルまで能力を飛躍的に向上させたノルンに、鎧で身体能力を向上させただけの人間が叶うわけがなく、ノルンが兵士の群の中を風のように駆け抜けた時には、すべての鎧が崩れ去り、兵士達は全身の力が抜け、その場に倒れ込んだ。
「まずは、第一群は終了。次に行くわよ。急がないと……」
圧倒的な力の差を見せつけながら、ノルンは余裕を感じなかった。この星にきてからずっと感じていた違和感があるためだ。それは、いつになく体が重いと感じ、エネルギー源たる太陽の光が照らしつけるのに、ノルンの体に一向にエネルギーが貯まらないのだ。大気圏内故に、エーテルが不足、もしくは存在しないにしても、余りに供給が少なく、力を消費する一方の状況に、ノルンは焦りを感じ始めた。
「セーブして三分、全力を出すと、一分も保たない。本当に瞬殺で行かないと」
危機的な状況に、過激な性分が顔を出し、殺意がないのに、瞬殺という物騒な言葉を口走るほど、ノルンは神経質になっている。余裕がない以上、もたもたしているわけには行かない。砂漠を駆け抜け、次の戦場に向かう。 しばらく走ると、アープの姿が見えてきた。彼女は、砂漠ではあまり優位に立てない水の属性でありながら、冷静な判断で数少ない水を有効活用している。
水を固体である氷から、気体である水蒸気まで変幻自在に状態を変え、自分に有利なフィールドを作り上げる。そして、一対一の状況に変え、不利な属性であることを感じさせない。
「やっぱり、彼女が一番冷静ね。村の近くなら、水も自由に使えるのに。でも、なかなかやるわ」
アープの戦いに感心したノルンは、同性ということと、力押しではなく、自分の持つ能力をしっかり把握した戦法にに共感し、気に入ったようだ。後ろをとられたアープの背中を守り、レイピアの力で鎧を切り裂き、敵を無力化する。
突然現れたノルンにアープは戸惑いを見せたが、その行動と佇まいに、瞬時にノルンの人間性を把握し、敵ではないことを見抜いた。
「ありがとうございます。おかげで命拾いしました。正式な挨拶はできませんが、お名前をお聞かせ願えますか。私はアープと言います」
「ノルンよ。それにしても堅苦しいわね。でも、その礼儀正しさはいいわ。何だか、貴女のことを気に入ったみたい。だから、助太刀するわ」
「ありがとうございます。でも、私の力では相性が悪くて……」
やはり、アープは力押しの無謀な戦い方ではない。属性と相手の力量をわかった上で、うまく立ち回っている。どこか、自分に通じるものがあると感じたノルンは、ますます彼女を気に入った。
「貴方、その吐息を凍らせることができるでしょ。それで、相手の鎧を一気に冷やして。後は、私が一撃で片づける」
「……わかりました」
アープは、会ったばかりのノルンを完全に信頼し、その指示に従う。
砂漠の熱気を吸い込むと、瞬く間に凍てつく冷気に変えて、兵士の鎧に吹き付ける。急速な冷却に、鉄器はもろくなる。そこをノルンはレイピアとわずかな接触で鎧を崩し、残りをアープに任せ、丘を越えていく。彼女なら、自分の戦い方をみて、意味を理解すると信頼しているからだ。さらに、エネルギー残量が残り少なくなり、さらにもう一人の戦士がもっとも危なっかしいため、余裕がなくなっていることもある。
さらに丘を超えたところでは、アータルが相変わらず、自分の能力を全開にして戦っているが、呆れるほど戦略がない。力に任せて炎を起こし、相手を殴っていく。属性から行けば、一番相性がいいはずなのに……。
残り時間がないノルンは、アータルの背後に立つと、後頭部を殴りつけた。倒れ込んだアータルは、何が起こったのかわからずうろたえたが、自分を殴りつけたノルンを見つけると、完全に「火」がついた。能力通り、すぐ熱くなりやすい性格のようだ。
「あんた、不意打ちなんて卑怯な事をしてくれるわね。……、随分妙な姿だけど、あいつらの仲間なら容赦しないよ」
「黙りなさい。あなた、自分の能力をわかっているの。このまま戦えば、この兵士を焼き殺すことになるわよ」
「こいつらが攻めてきて、犠牲になった人もいる。構わないわよ」
「じゃあ、その仕返しに敵を討つ、つまり命を奪う意味をわかっているの。それがなければ、あなたもその『敵』以下ね。本当の敵は他にいるのに」
「どういう事……」
「やり方は呆れたけど、お膳立てはしてくれたからありがたいわ。すぐにけりをつけるから、その意味を教えてあげる」
ノルンは、レイピアを連結させてツインランサーに戻すと、回転を加えて兵士の一団に投げつけた。槍は、鎧だけを砕き、人間の体を弾き飛ばしていく。熱で鎧が脆くなっている事もあるが、コスモブレスの力がはっきりと表れている。すべてが終わると、そこには砕けた鎧の破片が散らばっていた。だが、そこにあったのは鎧の鉄の部分だけではない。
砕けた鎧の破片がもぞもぞと動き始めたのだ。厳密に言うと、鎧と一体になっていた何かである。それらは、鎧の破片からはがれおちると、あちこちから集まり始め、まるで水銀の様に不定形な形であたりを転がりまわり出す。どうやら、鎧に代わって新たにとりつく物を探しているようだが、ノルンによってすべて鎧が破壊されたため、目当てのものが見つからず、右往左往している。
見た事もない光景、そして生き物の様なものを目の当たりにし、あっけに取られている。理解の範疇を超えた物の事をノルンに訊こうとしたが、ノルンはその質問を受け付ける前に、M87光弾を撃ち込み、不思議な液体金属を蒸発させた。そして、エネルギーを使い果たしたノルンは、再び人間体に戻ったが、体力の激し過ぎる消耗は、肉体に色濃く残り、膝と手を地面につけ、激しく息を切らせている。
「ちょっと、あんた大丈夫なの。姿も変わったみたいだけど……」
「少し疲れただけよ。姿が変わったことに関しては気にしないで。今は、この姿の方が楽だし、話しやすいでしょ」
「気にするなって言われても、姿が変われば、普通は気にするよ」
自分の体を気遣うアータルの姿を見てノルンは、彼女は熱くなりやすく、少年ぽいやんちゃな所はあるが、根はやさしいのだと察することができた。そう思うと、少しだけノルンも強硬な態度を解くことができる。
「さっきの姿が本当の姿なんだけど、デリケート過ぎて環境に好き嫌いがあるのよ」
「体が弱いの」
「それとは少し違う様な気はするけど、そうとも言えるかも。ま、あなたに判断は任せるわ。それで、あなたが訊きたいのは、私の事じゃなく、あの生き物の事でしょ」
「あれって生き物なの」
「そうよ。金属に近い構造を持つ生き物、金属生命体よ。色々な奴らがいるけど、ちょっとユニークな奴らね」
「何だか、意味がよくわからないけど……」
「後で、面白い物を見せながら説明してあげるわ。それよりも、あの人たちを運ぶのを手伝って」
ノルンは、倒れている兵士の男達を指さしていった。彼らは相変わらず砂漠に横たわり、気を失っている。だが、敵を運べと言うノルンの注文を、アータルはすぐには了承できない。
「なんでよ。あいつらは敵だよ。砂漠に晒しとけばいいでしょ」
「まさか、あなたはそうやって処刑、いえ、私刑にしてきたの」
「それはしてないよ。あんたみたいに倒せなくて、追い払うのが精いっぱいだったから。でも、彼らに殺された人はいる。その人たちのことを考えたら、助ける気になれない」
「動けない彼らを見て、何とも思わないの。それは、あなたの心から人の心がなくなっている証よ。その力を得た代償にね」
「この力の事を知っているの」
「意味は知らない。でも、どんなものかはわかる。そんな事よりも、傷ついて動けない人間を置いていく事が、あなたにはできるの。彼らの傷のほとんどはあなたの攻撃による火傷よ。嫌なら、私一人でやる。人じゃない者に触れさせたくなないから」
ノルンの最後の言葉は、強烈なものだった。超人の力を持つアータルに対して、人ではないものと言うことほど、皮肉できつい言葉はないからだ。その言葉に対し、アータルは怒るのではなく、自分の感情や発言が、いつの間にか人から離れて、力に溺れ始めている事に気がつき始めた。自分が傷つけたものを砂漠に放置し、死に至らしめる。それが、村を救う者としてやっていい事なのかどうかを悟る事が出来た。そして、それだけの事を考え受け入れる人間性を彼女は持っていた。
「あんた、言いたいことははっきり言ってくれるね。でも、白黒きっちりつけるその性格、嫌いじゃいよ」
「素直じゃない所、私に似ていて、何だか鏡を見ている様よ」
「私は、あんたみたいに綺麗じゃないよ。名前を切っていなかったね。何て言うの」
「ノルンよ。あなたは」
「アータル。わかったよ、そこにいる連中を運ぶよ。あれぐらいなら、それほど時間をかけずに村まで運べる」
「じゃあ、始めましょう。村に攻め込んだ兵士は全部、制圧したから」
「信じられない……」
ノルンの底知れない力に、アータルは先程までの噛みつく様な態度はなりを潜め、絶句して自分の隣にいる、黄金の瞳をした小柄な女性の姿を見つめていた。
アータルとアープ、ワルフの手を借り、敗北し、昏倒している兵士を村に運び込んだ上で、最初に村人に頼んでおいたロープで縛りあげると、ノルンは全員を倉庫に放り込んだ。
「とりあえずはこれでいい。しばらく頭を冷やして、落ち着いてもらったら、分別のある人間に尋問する。それじゃあ、あなた達に敵の事を詳しく教えてあげるから、広場に来て。そうそう、金属は外しておいて」
ノルンのテキパキとした指示に三人とも異論どころか、意見その物を言う暇もなく、ただ黙って従うしかない。勝気なアータルですら、反論できずにいる。ノルンに先導され、村の広場にいくと、そこで長老が彼女たちを待っていた。ノルンの元に駆け寄り、仰々しく頭を下げて、敬意を表している。
「ノルン様。指示通り、金属を外した上で鎧の破片を集め、その上に薪を積んでおきました」
「ありがとう。後、頼んでおいた、薪の下の溝は」
「もちろん、抜かりなく」
「助かったわ。ところで、そんなにペコペコしなくていいわよ。やりづらいし」
「いえいえ。あなたに救われた命は、一つではありません。今の私は、神よりあなたを信じていると言っても、過言ではありません」
神以上の敬意を持たれては、ノルンであっても照れ臭いらしく、苦笑いを浮かべながら長老に自分の注文に応えてくれた事に新た得て礼を言うと、彼も立ち会いの上で村を襲った本当の兵士の実体の説明を始める事にする。
「それでは、これからあなた達に本当の敵の事について、話すわ。まずアータル、この薪に火をつけて」
ノルンの指示に、アータルは素直に従う。すでにノルンに気持ちで負けているのか、反論する気もないようだ。アータルの能力で、積み上げられた薪に勢いよく火が上がる。火にさらされた鎧の破片が、次第にぐつぐつと泡立ち始めるのを、アープとワルフが驚いた表情を見せ、互いにの顔を見合わせている。
「鉄が泡立って沸騰するなんて、初めて見た」
「俺もだ。ノルンさん、こいつは一体……」
二人の問いかけに、ノルンは二人の目線に立ち、炎で熱せられるを鉄を指さしながら、わかりやすく解説して見せた。
「アータルには、さっき話したんだけど、これは生き物よ。金属生命体と言って、鉄の様な体を持ちながら、あちこちに移動出来て色々な形に変わる、そういう代物よ」
「では、この鎧、金属生命体を、あの兵士達の軍団は着用してたと言うことですか」
「それは少し違うわ、アープ。金属生命体も生き物だから、色々な種類がいる。今、目の前にいるのは、自分達だけでは形を作れないから、鉄にくっついてようやく安定できる。わかりやすく言えば、柱がなければ、どんなに材料があっても家は作れないように、彼らも、固い鉄がないと形を作れない。だから、鉄器に喰らいついていたのよ」
「じゃあ、その鎧を着ていた兵士はまさか……」
「やっぱり、あなたが一番冷静で頭が切れるわね。そう、この鎧にくらいついた金属生命体の影響で、攻撃的になって、体も強靭になっていた。それだけの事よ。どこまで戦闘意欲があったのかは知らないけれど、すべてが彼らの意思とは言えないはず。それを確認するために拘束して、倉庫に放り込んであるのよ。さあ、熱に耐えかねて、逃げ出してきたわ」
ノルンの言う通り、炎にあぶられてたまりかねずによりから離れた金属生命体は、ドロドロと薪の下に落ちて行き、そこに掘られた溝を伝って外に流れ出し、その先にある穴に流れ落ちていった。全員分の鎧を火にかけたため、次から次へと液体は炎から逃れ、穴にたまっていく。
「さすがに気持ちわりいなあ。だが、こんなものに操られたら、そりゃ正気じゃいられないな」
「そのとおり。正気なんてない。それが自分の意思でああなるならともかく、この生き物に強要されたとしたら、彼らの本当の意思を聞く必要があると思うけど」
「まったくだな。頭が下がる思いだよ、ノルンさん」
「まずは落ち着いてみる事よ。そうすれば、戦い方も変わってくる。一番馬力のあるあなたが先陣で相手の勢いを止める。その次に、一番戦闘向きの能力があるアータルが迎え撃つ。冷静で、水に能力を依存するアープは、村の守りを固め、いざという時には的確な指示を出す。そうすれば、今日みたいなヤバい状況には、めったにならないわ」
「恐れ入るよ。お、これで最後みたいだな、この薄気味悪い生き物は」
ワルフが穴に目をやると、最後の一滴が穴にこぼれ落ちた。中では、かなりのyろうの液体が生き物らしく動き回り、波打っている。何匹いると言うより、銀色の水たまりそのものが、グロテスクな生き物に見え、初めて見るアータル達三人は、顔をしかめながら奇妙な生き物を見る事を余儀なくされる。逆に、未知の生き物に出会う事に慣れきっているノルンは、気に留める事もなくいつのもの調子で解説を続ける。
「この生き物は、この星にいる生き物じゃない。偶然か、誰かの意思かはわからないけれど、この周辺に紛れ込み、鉄を多く持つ所に潜んで、鎧にとりついた。わからないのは、兵士が暴れ回ったのが本当に操られただけなのか、それとも、元からあった闘争心を掻き立てられたかね。或は、深層心理にある何らかの欲望……。理由はどうであれ、こんな物騒な物を放っておくわけにはいかない。あなた達にも、捕虜たちにも受け入れ難いものよ」
ノルンは立ち上がると、ライブブレスレットに手を添え、シャインブラスターを召還した。ノルンの左手に握られた銃は、銀色の輝きを持ち、ノルンの装着品らしく美しい装飾品のような外観を持っている。ノルンは、自分が望むわけではないのに、外観の美しい装備品を渡される事が多い。そして、それが似合ってしまうため、余計に他の者より外観に力が入った装備品を面白がってまわそうとする者もあらわれる。
その例にもれず、レプリカやインテリアにした方がいい様なシャインブラスターを左手に持ち、穴でうごめく銀色の生き物に、エーテル封入された銃から光波ね熱線を発射した。空気の壁が辺りにいた者に当たり、その衝撃を思い知らせることになる。穴の中で白い煙が上がり、それが晴れた時、あの気味の悪い生き物は跡かたもなく蒸発しているのが見えた。ノルンは銃をブレスレットに収納し、離れた所で様子を見守っていた村長に、すべてが終わった事を告げる。
「村長、すべての処理が済みました。まあ、今の所ですけど。捕虜は、意識がしっかりするのは日が暮れた頃でしょう。それまでは、みなさん問題なく過ごせますよ」
「ありがとうございます。もしよければ、私の家でお休みになって下さい。食事も用意しますので。我々全員のお礼です」
「お気遣いありがとうございます。ですが、貴重な食料をいただくわけにはいきません。気持ちだけで結構です」
「いえいえ、それでは、命の恩人に対する礼儀にそむきます。何とか、我々にできる事を」
「そうですか。……、うーん、でしたら、一つだけお願いできますか」
「なんなりと」
「おいしい水を……。そうそう、酒と言うものを頂ければ」
村にオレンジ色の夕日が射し、人々の動きも忙しくなってくる。夜になれば、星と月の明かり以外の光は亡くなり、真っ暗になる。日暮れ前にできることを終わらせようと、自然と人の動きも慌ただしくなる。ノルンは、何もしないでいるのも気後れし、何か作業を手伝おうとするが、恩人であり客人の彼女にそんな事はさせられないと、断られてしまう。かといって、忙しく働いている人々の間で伝っているのも居心地が悪く感じるだけの神経はあるため、仕方なく農作業の様子を見に行った。
水が確保できるため、主食になる麦が栽培でき、刈り入れのシーズンのため美しい黄金色の穂が風に揺れている。夕日に照らされ、さらに輝きを増す光景は、ノルンの心を打つのに十分の美しさを持っていた。
「本当にきれい。ここが、命の糧を育む場ね……」
食物を摂取する必要のない種族のノルンにとっては、農業や耕作地を見る機会がない。人間にとっては当たり前の光景も、彼女にとっては一生の思い出になる価値がある。目の前に広がる交易に見とれたノルンは、その場に座り、しばらく眺めてみることにした。
たくさんの人々が、麦の借り入れを行っている。肩に担いでいる稲穂が、揺れる度にきらきらと金に輝く。それを繰り返す人々は、汗を流し疲れも浮かんでいるが、生き生きとした顔をしている。麦畑の向こうには樹木が植えられ、そこではオリーブやブドウの実がなっている。子供や老人がそこを担当し、各々が持ち運べるだけの身をかごに入れて、村へ運び込んでいく。
ノルンの目に映るのは、重労働ではなく、明日の命を繋ぐための糧を生み出す営みである。こんな体験ができると知ってから、ノルンは旅をするという事に以前とは違う生き甲斐すら感じるようになっていた。そして、そこで経験した事が自分を成長させ、人と交わることで新しい世界が広がっていく事に、以前よりずっと敏感に感じることができる様になっていく自分を見つけることを嬉しいと感じるようになっている。
飽きもせずに、ずっと農作業を眺めていたノルンは、後ろをひ血が通りかかった事に気がつかなかった。
「そんなに百姓仕事が楽しいかい、ノルンさん」
「あ、ワルフ。いたんだ」
「あんたほどの戦士が気がつかないなんて、よっぽど熱中しているんだな」
「うん、ちょっとね。感動した」
どこか変わっているノルンの反応に、ワルフは思わず噴き出したが、決して馬鹿にしているわけではなかった。どちらかと言えば、普段自分達が何気なく生活の一部として行っている行為を、旅の途中に立ち寄った女性が感動しながら眺めているのを思うと、どこか照れ臭い思いが強い。微笑むワルフを後ろで、女の笑い声が聞こえ、ノルンは後ろを振り向き、挨拶をする。
「ごめんなさい、気がつかなくて。その、この場合どんな言葉が、……、あ、お疲れ様です」
「ありがとう、ノルンさん。ワルフ、ノルンさんと話があるなら、先に帰ってるよ」
「おお。すぐに俺も帰るよ」
ワルフは、農具と収穫物を背中に担ぎながら村へ歩いていった。ワルフは、ノルンの隣にしゃがみこみ、同じように畑を眺め始める。
「いいの、あの人は奥さんじゃないの」
「いいさ、遠慮しなくて。あんたは村の恩人だ。やきもち焼く対象じゃない」
「そういうつもりはないけど……」
「気は使わなくていい。それに、まだあいつはカミさんじゃないし。いや、できないからな」
「それは、あなたが戦士だから」
「大体、そんな所か」
三人の中でいちばん延長のワルフは、戦いにおいては思慮が浅い部分があるが、こうして会話する分には、人生経験が長い分、一番落ち着いて話ができる相手だと、ノルンはそんな印象を持った。彼からなら、色々な事を聞きだせるかもしれないと思い、しばらく話を続けて見ることにし、知りたい事を質問していく。
「三人の力は、元々備わっていたものじゃないわね」
「ああ。おとぎ話みたいなもんさ。砂漠の民に危機が訪れる時、三人の戦士の魂が現われる。火、水、風。大地で生きる者に与えられる力を宿し、災いを振り払う、ってな。けどな、いつ、どこの民にその力が来るのかわからない上、どんな奴に魂が宿るのかもわからないんだぜ。村を守る力が必要なのはわかるが、これはいくらなんでも行き過ぎだ。正直、貧乏くじだな」
「そう思うのも無理はないわ。自分が望まない、欲しいものと違う力を持ったら、戸惑いと違和感で板挟みになる。そうしてい生きていくのは楽じゃない」
ノルンには、ワルフの思いが理解できる。それは、かつての彼女もそうだったからだ。母のような慈愛と癒しの力に憧れていたのに、彼女が受け継いだのは、父の戦士としての力。もちろん、父の事は尊敬していた。だが、憧れていた母は幼い頃に死別したことで、憧れた力はいつの間にかノルンのコンプレックスへと変わっていた。望んだ力と相反する力の違和感を振り払うために戦い続け、やけくそになりかかっていた時に、母と同じ光を持つ存在と出会い、あえて無視していた彼女の中に眠っている力の存在を気がつかせてくれたことで、長いトンネルから抜けだしたのが最近の事だったため、ワルフの戸惑いが手に取る様にわかった。
「ノルンさんもそうだったみたいな口調だな」
「ええ。自分では実感していないけど、その頃は男みたいな口調で、キレると口より先に手が先に出るって言われてた」
「今だってそうだろ。村の若い奴を締め上げたって聞いたぜ。ま、俺は今もそうだし、昔もそうだった。血の気が多くてな。無理やり、野良仕事を手伝わされているのに嫌気がさして、喧嘩ばかり起こしていた。生きる場所に納得いかなかったのと、発散できない力の持って行き場がわからなくてな。で、自棄を起こして、仲間と一緒に砂漠を横断しちまった。今、思うとぞっとするようなバカげたことだ」
「よっぽど、この村の生活が嫌だったのね」
「うーん、少し違うな。考えてもみてくれ。200人足らずのオアシス周辺の村で生きていくとなったら、生きる道は限られている。大抵の奴は、それが当たり前と思って不満は持たないが、俺はひねくれていたのか、ガキの頃に聞いたおとぎ話をいい歳して信じていたのか、まだ自分の知らない世界や道があると真に受けていた。だから、それを探して砂漠を渡るなんて命知らずな事をしたんだ」
「あなた達の体なら、この日差しと高温と乾燥には耐えられないでしょうね」
「ま、そういうことさ。運よく砂漠を横断して街やでかい都市にも行ったけど、やっぱり、ここの生活が性に合っている事にようやく気がついた。働いて、物を作って、食って、クソして、そして寝る。一番楽だと思うし、面倒だとも思うし、よくわからないが、そういう事だ」
「つまり、故郷が一番ってことね」
ノルンにとってもそれは同じ事だ。気持ちに余裕がなかった頃は、故郷に近づくのも避けていた。任務を終えれば次の任務を受け取って、さっさと赴任地に向かう事を繰り返しで、故郷にいることなど稀になっていく。だが、旅立つ度に無意識に故郷の景色を眺めて記憶に焼きつけ、貴重な体験をした後では、自分が体験した事を同胞に伝えるために、早く帰りたいとまで思うまでに変化していた。やはり、ノルンも故郷の事を愛していたのだろう。ワルフも、ノルンの言葉に笑いながら相槌を打っている。
「本当に馬鹿だよ。砂漠の横断なんて命知らずな事をして得た答えが、『家が一番いい』なんだからな。まあ、その後は真面目に働いたよ。腕っ節もいいから、みんなに重宝されるが、それまた気分がいい。必要とされているんだなって。そして、さっきいた女ともいい関係になって、さあ結婚だっていう時に、訳のわからない力を手に入れて、戦いに駆り出されて。昔のつけが回ったかな」
「何かしらの意味があると思う。もっとも、それは私にはわからない、あなただけの意味だけどね」
「意味がなきゃ困るよ。結婚したって、こんな力を持った男の子どもなんて、怖いからな。向こうの家族にも悪いから、結婚は控えているんだ。しかし、この髪の色はやめて欲しい。褐色だった髪が、日射しみたいに金色になっている。目立って嫌なんだよな」
「私のもう一つの姿は、目立つなんてものないじゃないみたいよ」
「そりゃそうだろう。今の方がいい女に見えるぜ」
「今の言葉は、一応セーフね。アータルとアープにも、戦士になった理由や、色々な過去があるんでしょうね……」
「まあな。俺から、ベラベラ喋る事じゃないから、黙っておくよ。ところで、そろそろ捕まえた男どもに話を聞くんだろ」
「ええ。悪いけど、アータルとアープを呼んできてもらえる。家を知らないし」
「わかった。倉庫で待っていてくれ」
ワルフは、そういって立ち上がり、村へと歩いていった。ノルンは、もうしばらく農作業の風景を眺めた後に、もう少し見ていたいという素振りを見せながら、村へ帰っていく。
歩いている内に日が暮れて、次第に辺りが薄暗くなっていく。ノルンは、約束していた倉庫の前に辿り着き、村人と軽き会釈しながら三人を待っていると、やがてアータル達は揃って倉庫に向かってやってきた。兵士と顔を合わせるが気に入らないのか、アータルはかなり不機嫌だ。そんな彼女を、穏やかな性格のアープが何とかなだめているが、ノルンはあまりそこには触れず、尋問を始めるべく倉庫に入っていった。
豊かな農産物を入れる場所だけに、数重員の兵士を入れておくには十分な広さだ。そこに縄で体を拘束された兵士がごろごろ転がっている。ノルンは彼らを見回すと、
「指揮官は誰だ」
と、強い口調で叫んだ。女のノルンに、きつい口調で叫ばれた男達は、戸惑いざわついていたが、うっすらとノルン一人にねじ伏せられた事がうっすらと脳裏に残っていたため、すぐに静まり返り、押し黙ってしまった。しばらくの間、静まり返った時が流れたが、やがて一人の兵士が、
「私が指揮官だ」
と、名乗りを上げた。彼は、自ら前に進み出ようとしたが、鎧によって体を無理やり動かされていた反動が残っていて、足元がふらつき倒れ込んでしまった。ノルンは彼の元に駆け寄り、穏やかな口調で、
「無理はしなくていい。ただ、話を聞きたいだけだから」
と、語りかけ、肩を貸してやり、前に移動させた。ノルンの言動に、指揮官を名乗る男はすっかり敬服し、その目には敬意が宿っている。
「あなたは、女性でありながら、とても気高い戦士の目をしている。よろしければ、お名前を聞かせていただきたい」
「私はノルン。戦士には変わりないけど、この村の人間ではない。ただの旅人よ。あなたの名前も聞かせてもらえるかしら」
「バーガルと申します。この師団を指揮する者です……。すみません、砂漠で喉をやられていまして」
バーガルは、激しくせき込みながら、その非礼を詫びている。乾燥し、高温の砂漠を移動し、激しい戦闘をしたのだから、生身の体には相当こたえているはずだ。喉も激しく乾いているだろうが、そんなつらさは表に出さないように努めている彼に、ノルンはすっかり感服してしまった。
「あなたのような人物の許についた彼らは、幸せよ。アータル、この人に水を運んできて」
ノルンは、尋問をする前に、喉の渇きに耐える目の前の男に、水は与える必要はあると考えてた。だが、アータルは、激しい気性をここでも見せ、ノルンの注文にも反抗する。
「何で、村を攻めてきた非道な連中に、施しをする必要なあるわけ。こいつらにやる水なんて、一滴もないわ」
「渇きに苦しむ人から水を取り上げるのが、人の道とも思えないけどね。あなた一人に水の価値を決める資格はないでしょ」
「あんた、敵を倒したからって、少し出しゃばり過ぎよ」
ひたすら反抗し続けるアータルに、ノルンは正面から付き合う事はしないが、短気な所に昔の自分を重ね合わせ、苦笑いを浮かべている。だが、恩人であり客人であるノルンに対するアータルの態度にあわてたアープは二人の間に入り、必死に謝罪し、間を取り持とうとする。
「アータル、少し落ち着きなさい。……、すみません、ノルンさん。この子は一番歳下で、分別なく反抗してしまいますが、悪気があってのことじゃないんです。水は、私が持ってきます」
「わかってるわよ、アープ。あなたも大変ね……。それじゃあ、水はお願いね」
「はい」
アープは、銀色の髪をなびかせながら、小走りで駆けだしていった。その後ろ姿を見送ると、ノルンは、バーガルに対する尋問を始めることにする。
「それじゃあ、バーガル。しばらくの間、私と話をしましょう」
「わかりました。協力いたしますので、部下達の命は保障していただきたい」
「殺すつもりなら、ここに放り込んでおくように指示したりしないわ」
「それも、あなたの指示でしたか。恐れ入ります」
「私だって、戦士だからね。それじゃあ、訊くけど、あなた達はどうしてこの村に攻め入ったの。ろくに武器もない場所に、鉄器で押しいるなんて、心に余裕のない暴力よ」
「仰るとおりです。ただ、複雑な理由がありますが、目的は単純です。水が欲しかったのです」
ノルンはあまりにシンプルな答えに最初は戸惑ったが、あらゆる星を巡って得た経験と豊かな知識によって、その事情を理解した。このような高温で砂漠化が進む星で、水は生命体にとって命そのものであり、生死に直結する切実なものになる。広い宇宙には水のない環境で完全に適応し、場合によっては水そのものを拒絶する者すらいるが、ほとんどの生物は水なしには生きていけない。バーガル達の侵攻の理由が水だとすれば、それはそれで筋が通っている。
「水ね……。穏便に話をつける気はなかったの」
「まともであれば、そうしたでしょうが、あの鎧をつけてからの事はよく覚えて居りませんし、戦いの事以外に頭が働いていませんでした。ただ、水を奪えと言う声に従って行動していました」
「命令する者がいたと言う事ね」
「はい。我々の将軍です。我が国は、水が枯れ、不毛の土地となり、渇きと飢えの中にあります。故に、水の確保は命懸けの問題でした」
「だからって、人の村に攻め込んで、無理やり奪っていい事にはならないだろ」
ワルフは反論するが、アータルに比べてゆとりがあるのは歳の巧と言うか、色々な経験を積んでいる分、物を考えたり、人の話を聞く余裕があるせいだろう。バーガルは、その意見を認め、反論することなく、彼らの事情を打ち明けていく。
「ごもっともな意見です。ですが、我々の国の水の枯渇は深刻です。元はと言えば、それは自らが招いた結果でもあります。我々の国には、鉄を生産する技術があり、それによって力をつけて参りましたが、他国には干渉しない立ち位置でした。しかし、鉄の生産には火が入ります。火を起こすには木が必要です。その結果、大量の木が伐採され、砂漠が国に入り込む結果となり、水が枯れた不毛の土地になっていきました。結果として、水を求めて他国や周辺の集落と取引をせざるを得ません。このような状況になったのは、私が子供の頃のことです」
「なるほどね。水がなければ人は生きていけない生き物だから、そこは理解できる。それでも、あくまで、周りとは取引だったんでしょ」
「はい。先王は決して力に任せて攻め入ってはならぬ。それをすれば怨恨の種をまき、種が芽ぶいて育った時、怨恨は自らに降りかかると言うお考えでした。そこで、特産となる鉄と引き換えに水を得ていたのです。ただ、最初の内はうまくいきますが、水と違い、鉄はすぐに飽和します。そして、製法も伝わってしまい、価値がなくなっていきます。そうなると足元を見られ、物々交換が成り立たなくなりました。そうなると、武力を使ってはならないお達しがありますから、他の国や集落に向かう事になります。この村にも取引に訪れた事もあるとききました」
「へえ、それは意外ね。ワルフ、あなたは聞いたことあるの」
ワルフは、戸惑った表情を見せたが、記憶の糸を辿っていくうちに、何かを思い出したような表情を見せた。
「ああ、じい様やばあ様にからガキの頃に聞いた事がある。昔、この国に鉄はなくて、百姓仕事にえらい苦労していたらしい。その時、鉄を売る一団が来て、この村に鉄を分け与えて、その代わりにい水が欲しいと言う事で、それからしばらく交流があったそうだ。ここは低地で緑もあるから、掘れば水は出てくる土地だ。それで、感謝の気持ちを込めて、食料も渡していたそうだ」
「その通りです。この土地の人々は、非常に心が広い方々で、水だけでなく、捕れた農産物まで分けていただき、そのおかげで国も立ち直りかけ得たのですが、事情により、その良き関係も終わってしまいました」
「それも聞いているよ。確か、新しい井戸を掘っている時に、岩にぶつかってしまって、しばらくこの村も水枯れの状態が続いたんだ。それで、食料も分けてやれなくなり、最後には、水の取引をやめてしまう事になったてな。だが、その後に、伝えられた鉄を使って、根気強く岩盤を削って新しい水脈を見つけたんだとよ。じい様達は、伝えられた鉄で命を助けられながら、恩人に対して申し訳ない事をしたって、悲しそうな目で話していた……」
「それで、ただの旅人の私に対して、昔の負い目もあるから、恩人を厚遇してくれるわけね。過去の事情はわかったわ、バーガル。でも、そんな節度ある国だったあなた達の国が、暴力に訴えて、あんな鎧を着て周りの集落を襲い始めたのはなぜなの」
ノルンの問いに、バーガルは視線を落とす。その目は、深い悲しみを帯び、彼の心の中に抱えきれない重しがある様に、ノルンは感じた。だが、バーガルは深く息を吸い込むと顔を上げ、ノルンの目をますぐに見て口を開いた。
「我らを呪縛から解き放ち、このように礼を持って接していただくあなたならわかっていただけると確信し、お話します」
「わかったわ。話を聞きましょう」
「方針が変わったのは、先王が亡くなった時です。飢饉に加えて、流行り病が国を襲い、大勢の者が亡くなりました。体中にできものが噴き出て、高熱で死んでいくのです。ひどい有様でした。私の親もそれでなくしております。病により王が倒れた後、残されたのは王妃と幼い王子。王子に王位は継承されましたが、国を治めるには無理があり、側近が支えていく体制が取られました」
「色々な歴史を学んだけど、その状態が一番危うい。誰に権力があるのか、わからなくなる」
「その通りです。側近の間で意見がまとまらず、収拾がつかなくなった時、台頭してきたのが、我ら軍人をまとめる将軍、エーシュマです。決断できない他の側近を押さえ、決断力を基に幼き王と王太后の信任を得た将軍の基に、一応は国はまとまりましたが、それと言って飢餓と水不足が解決するわけではありません。結果として、とうとう武力行使に……」
「でも、王の名のもとに信任されたわけでしょ。先王の意思とかけ離れたその政策に、王と王太后は反対しなかったの」
「お二人は、幽閉されました。後から知ったことです……」
予想以上のバーガルの国の惨状に、憎しみに凝り固まっていたアータルですら声を失い、静かに目を傾けるしかない。ノルンも学んではいるものの、その歴史の一瞬に立ち会ったことはないため、何とも言えない気持ちになっている。だが、まだ聞かねばならない事があるため、バーガルの告白に耳を傾け続ける。
「反逆行為に気がつかなかった我々に、例の鎧が支給されました。最初は違和感を感じなかったのです。不思議と体が軽く、少し気分が高揚する程度でした。しかし、砂漠の行軍に平然と耐え、いざ戦闘になると、経験したことのない興奮に我を忘れていました。それから、ふと我に帰ると、そこにあるのは破壊された建物と、逃げ遅れ、我々の手で殺された人々の死体……。気が狂いそうでした。そして、自分達を狂わせたのが鎧だと知り、急いで脱ぎ捨てようとしましたが、自分では脱げないのです。将軍の声がないと脱げないのです。その日から、我々は物言えぬ人形になり果てたのです」
「逆らう事も、逃げ出す事も出来なかったの」
「はい。互いに見張り合い、一区画ごとに一人でも脱走したら、その区画全員が皆殺しとなるのです。最近では、女子供は隔離され、人質に取られる有様」
「なるほどね。それにしても、その将軍もやってくれるわね。どんな脳みそからそんな悪意が湧きでてくるのか」
「昔は、あのような方ではなかった……。先王の信頼に応えるだけの器のある方でした。王の優しさと、将軍エーシュマの力と勇気、それで成り立っている国でした。皆の尊敬を集め、そのたくましい腕で民を守ってくれる、そんなお方がなぜあのような事に……。ですが、このような事になっても、民は将軍を心のどこかで信じているのです。何か訳があるのだと信じ、見放せないのです」
「そう……。かつての姿がどんなものか、あなたの目と、その誇りある態度を見ればわかる。ところで、そのエーシュマも鎧を着ているの」
「はい。目にする時はいつも着用しています。……、まさか」
「この目で見ないと、断言できないわ」
ノルンは一旦話を切り上げ、アータルとワルフを呼び寄せ、バーガルに訊かれないように小さな声で話し合う。
「大体の事情はわかったわね」
「ああ。どうやら、親玉はその将軍らしいが、そいつも鉄の化け物に操られているみたいだな」
「アータル、わかったわね。あなたが本当に戦うべき者が誰なのか」
「わかったわよ、わかっているけど……。この村の人を少なからず殺したあいつらを許せない」
「おめえも頑固な奴だな。仕方ねえけど、俺たちだって、一歩間違えば、あいつらになっていたんだ。鉄の化け物か、伝説の戦士かの違いしかない」
まだ、わだかまりを沸騰させているアータルに、ノルンもワルフも呆れている所に、アープが水を瓶に入れて運んできた。ノルンが予想していたより多いのだが、そこがアープらしいと言える。
「ノルンさん、水を運んできました。これぐらいでいいですか」
「十分よ。多すぎるくらいだけど。さあ、バーガル。喉が渇いている所、長話をさせて悪かったわね。水でも飲んで」
「いえ、私はいりません」
バーガルはきっぱりと断った。疑っているわけでもなく、意地を張っているわけでもないが、口を真一文字結んで、言葉通り、飲む気はないらしい。戸惑ったアープが、
「大丈夫ですよ、毒なんていれていませんから」
と、付け加えるが、それでもバーガルは首を横に振って、拒み続ける。ノルンも妙に思って、バーガルに真意と問いかけてみた。
「何もそこまで意地持を張らなくてもいいんじゃないの。毒入りだと思わせるなんて、失礼だと思うけど」
「いや、決してそういうわけではありません。出来れば、その水は先に部下に呑ませてやって欲しいのです。いえ、そうでなければなりません」
「へえ、随分気前がいいのね」
「彼らは一般兵。自分の意思より上官からの命令を優先します。私の指揮でここに攻め入り、捕虜となったのですから、彼らの責任はすべて私にあります。それにも関わらず、部下の苦しみをよそに私が先に水を口にする権利はありません。どうか、その水は彼らに先に与えてやって下さい」
「……、気にいった」
ノルンはにやりと笑うと、バーガルを縛っている縄に手をかけ、僅かに力を加えるだけで引きちぎってしまった。戸惑うバーガルに、ノルンは微笑みながら話しかける。
「自分の命より、部下の身を案じ、全責任を負う。敵地で捕らわれて、超人に囲まれながら、決して臆せず、己の意思を曲げない。その心意気、気に入ったわ。あなたを信じる」
ノルンは、水瓶をバーガルの部下に与えるべく手に取った。彼の意思を尊重するためだ。だが、ノルンが手にした瓶にアータルが飛び付き、床にたたき落とした。割れた亀から水が飛び散り、乾いた床にあっという間に吸い込まれていく。アータルの目は、悲しみとも怒りともつかない感情で覆われ、目から涙がこぼれている。
「私はあなた達を許さない。私の両親は、あなた達に殺されたのよ。仕方なかったですむわけないでしょ」
「済むわけがないのは、彼らもわかっているわよ」
「ノルン、あんたは黙っていなさいよ。ただの旅人の分際で、この村の事にしゃしゃり出ないで」
「そうね、あなたの言う通り。……、わかった。じゃあ、好きなだけ暴れなさい。彼らを殺したいなら、殺しなさい。気の済むまでね。あなたにはその力がある」
ノルンはあっさり身を引いた。アータルは躊躇せず、その手に炎を起こし、バーガル達に向けて発射しようとする。その目には、本気で殺意がこもっている様にしか見えない。炎が手から放たれようとした瞬間、アープは、床に吸い込まれた水を引き戻し、アータルの手の炎を消した。そして、ワープはアータルに掴みかかり、彼女の顔を本気で殴り飛ばした。そして、彼女に馬乗りになって、もう一度殴り、怒鳴り声を上げる。
「てめえ、ガキだと思って放っておいたが、これ以上黙って見ている訳にはいかねえ。あいつらの話を聞いて、まだわからないのか。あいつらだって、好き好んでやった事じゃないんだ」
「そんな理由で、父さんも母さんも殺された事を許せって言うの。そんなの絶対できない」
「あいつらだって、家族を人質に取られているんだ。逆らえば殺されるんだぞ。少しは理解してやれ」
「絶対に嫌。じゃあ、私の両親は死んで当然だって言うの」
「そういう事を言っているんじゃない。今、この場でこいつらをお前が殺してみろ。お前の気はいくらかは晴れるだろうさ。だが、こいつらの女房や子供はどう思う。お前の事を魔女、火の悪魔、そう言うんだぞ。つまりこういうことだ。お前があいつらになるんだ。あいつらの家族がお前になって、魔女を殺すために追い続けることになる。もう、ガキと言えない歳になるんだ。それぐらいはわかれとは言わないが、少しはその頭で自分で考えろ」
「私が、魔女……」
ワルフがアータルの体の上からどくと、彼女は茫然とした表情で立ち上がり、外へ駆けだしていった。ワルフは、ばつが悪そうに頭を掻きながら、
「あんた達に、みっともねえところ見せてしまったなあ。水は、俺がまた持ってくるよ、全員分な。……、バーガルさん。俺も完全には許せねえが、あんたのことは理解できそうだ」
と、照れ臭そうに言うと、足早に井戸へ走っていった。その姿を笑いながら見ているノルンのそばにアープが歩み寄り、彼女も少し笑っていた。
「ワルフって、いい人なのに、照れ臭くて外に出さないでいるんですけど、今は珍しく私がいる前であんな事を言うなんて」
「いい奴だって言うのは、わかりやす過ぎるくらいよ。さっきはアータルを止めてくれてありがとう。私が入ってもよかったんだけどね、その後が大喧嘩になるのがわかっているから……」
「ノルンさんも止めてくれるのはわかっていました。アータルに大事な事を気がついて欲しかったんですよね。彼女の気持ちもわかるけど、バーガルさんやその国の人の事情もわかると、何も言えなくて。この村も、あの人たちが望まない戦いに駆り出されている原因の一つだって聞いてしまって」
「世の中、善悪二つに分かれるわけじゃないいからね。白黒はっきりつけばいいんだけど、そうじゃないから生きやすいのかもしれない」
「私にはまだ、そういう事はわからないです。でも、世の中がそんな風にできているって言うのが、見えた気がしました。私も、水を汲んできます。ワルフ一人じゃ運びきれないから」
「お願いね」
アープも足早に倉庫から出ていくと、倉庫の中には静寂が漂った。ノルンがふうっとため息をつくと、バーガルが重苦しい声で話しかけてきた。
「ノルン殿。私は、あの少女に殺される事を覚悟しました」
「武人のあなたなら、いつもその覚悟はできているでしょ」
「そうではありますが……。先王の言葉が思い返されます。怨恨の種をまけば、それが芽吹き、いずれ自分達を襲う。これは、我々が撒いた怨恨の結果なのでしょう」
「そうでしょうね。そして、この村の人も、無意識に怨恨の種をまいていた……。誰かがその事に気がつき、芽を摘み取っていかなければ、悲劇は終わらない」