見渡すばかりの砂の大地。太陽に光が砂にあたり、砂を熱し、光を反射させてぎらぎらさせて目を直撃する。気温は摂氏50度近くになるこの砂漠を移動する、謎の一団であった。日中の砂漠の移動は非常に危険である。極度の暑さが体の水分を奪い、常に脱水症状の危険が伴う。そして、遠のく意識は思考能力を奪い、目印もない場所での移動は、永久に砂漠をさまよわせることになる。
しかし、移動を続ける一団は、それらのセオリーをことごとく無視していた。肌を露出させて熱にさらし、一切の休息もとらずに歩行を続ける。さらにもっとも異様なのは、重い武装をしているのである。重い荷物は砂漠でさらに体力を消耗させる。にも関わらず、彼らは全身を鉄器で武装し、槍や剣、盾などを手にして無言の行軍を続けている。誰ひとりしゃべる者はいない。無言のまま移動を続ける一団は、死の行軍と言うより、死者の行軍と言ってよい。
彼らは、ひたすら歩き続ける。方角を見失うこともなく、ひたすら歩き続ける。すると、彼らの行く道の上に、行く手を妨げるかのように一つの人影が立ちはだかった。人影は、大勢の軍に向かって、たった一人で歩み寄り、その行軍の邪魔をする。
その姿は、短い髪形で色は深紅と言っていいほどの赤さが特徴的だった。手や足の露出度の高い衣装を身につけ、その表情は不敵な笑みを浮かべている。
「性懲りもなくまた来たね、あんた達。引き返すんなら今の内よ」
その声は女のものだった。勝気な言葉と好戦的な表情は、警告の内容とは裏腹に、戦う意思が浮かび、今にも飛びかかろうとしている。指の骨をボキボキと鳴らし、臨戦態勢は整っている有様だ。
しかし、警告を無視して、兵たちは歩みを止めようとしない。これが彼らの返答のようだ。警告を無視したと受け取った女は、その拳を彼らに向かって打ち出した。
「砂漠をも焼きつくす炎で、吹き飛びな」
その拳から紅蓮の炎が上がり、拳の形となって兵の一団に激突した。その言葉通り、彼らは炎に包まれて後方に吹きとばされた。普通であれば、これで殲滅完了である。だが、彼らの異様さは、普通を凌駕する。
異形の兵士は、炎の中で立ちあがり、鎧などが引火した状態で女に殺到していく。手には剣を抜き離し、槍を突き出して、一対多数の戦いとは思えない程の危機迫るものである。
「ちっ、あれで済むわけないよね。毎度のことだけど、しつこい連中よ」
彼女は、両腕両足に炎を纏わせて、素手で戦いを挑む。兵が振りかざした剣を腕で受け止めながらもその炎で剣を焼き、真っ赤になったそれを具に槍とへし折っていく。体につきたてられる槍は、一瞬で燃え落ち、炎の打撃は盾を貫く。まさに一騎当千の強さであるが、やはりすべての兵士を確実に仕留められるわけではない。戦いは一部の兵に任せ、残りの兵は女の背にある砂丘を超えていく。
「思ったより、取り逃しが多い。アープ、行ったよ」
女は砂丘の向こう側にいる、アープという名の誰かに声を張り上げた。丘の向こうにも、赤い髪の女同様、たった一人で兵たちの進行を待ちうける者がいた。こちらは銀髪の少し長めの髪を持ち、白くゆったりとした砂漠の民の衣装を着ている。
「アータル、取り逃しが多いわよ。本当に後先考えずに突っ走るんだから」
どうやら、赤い髪の女は、アータルと言う名らしい。そして、このアープと言う女性は、彼女が食い止めきれなかった兵をここで足止めさせる役割のようだ。砂丘を勢いよく駆け降りてくる兵士たちをじっと認めながら、その距離を測っている。兵達との距離が一定の距離まで詰められて初めて、彼女は動き出す。
指を砂に突き刺し、そこに念を送り込む。すると、砂が細かく動き出し、彼女が指を抜いた瞬間、砂の下の岩盤を砕いて、水が勢いよく噴き出した。砂漠から生まれた水が噴き出す様を見て、さすがの兵士達も足が鈍った。それだけ、砂漠で水が噴き出すことなど、あり得ないことなのだ。
アープはさらにその水に手をかざすと、敵に向かっていきよく払った。水は空中で凍結していき、兵士たちの足元は氷に包まれた。体験したことのない氷の足場に、彼らはことごとく足を取られていく。さらなる追撃で、彼女は再び水に手をつけ、今度は氷を鋭い槍のように変えて発射していく。飛び道具も作れる彼女は、近接でも遠距離でも能力を発揮できるのだ。
だが、後方の兵士は、前方にいる者を盾にして前進を始めた。砂漠で水は無限ではない。やがて、水の勢いが衰え始める。それならばと、アープはさらに接近戦を挑む。砂漠で最も水分を含むもの、それは人体である。彼女は、兵士の肌が露出しているところを握り、その体を凍結させていく。こうなれば、完全に相手の動きを封じられるが、一度に一人しか相手にできないため、相手をすることができない多数が彼女の横を通り過ぎていく。
「ワルフ、予想以上の進軍です。何とか食い止めてください」
アープのさらに後方で待ち構えるワルフ。短い髪を刈り上げ、筋肉質な肉体を誇る男性の後ろには、大きな門があり、それを超えた所には500人程が暮らす村があった。つまり、彼は村の最終防衛ラインである。
「後は任せろ、アープ。俺の起こす嵐で、この村には絶対に踏み込ませはしねえよ」
ワルフは、アータルとアープの二人の防衛ラインを突破してきた兵士に向かって手を突き出し、気合とともにトップを巻き起こした。風速30メートルはあろうかという暴風は砂嵐をおこし、敵の足を完全に止める。
「これで、終わりじゃねえぞ」
ワルフはその場で回し蹴りを行った。空を斬ったその蹴りの軌道から竜巻が起こり、嵐となって、敵を巻き上げていく。だいぶ数は減ったが、それでもほふく前進をしながら風をやり過ごし、ワルフとその後方にある村に向かってしぶとく前進を進める。
三人の超能力戦士と、退くことを知らない人間離れした兵士の戦い。まさに、超人同士の砂漠の戦いを高いところからじっと見下ろす人影があった。ノルンである。
ノルンは青くゆったりした一枚布の薄い生地の服を体に巻きつけて羽織り、頭には黒いターバンを巻いて首や口元を隠している。これらの服装は、光から支給された品戦闘用のブレスレット、ライブブレスレットで召喚した服装である。
ノルンの擬態は、それほどレベルが高いものではない。異星人と交流がある者や一定以上の特殊能力を持つものが見れば、すぐにノルンの正体は判明してしまう程度のものだ。それはノルンの能力不足や奢りではない。危険な任務が多いため、高い擬態能力で正体を隠す隠密性か、擬態能力を削って戦闘力をある程度維持するか、二者択一の結果だ。正体を隠すほど擬態の精度を高めれば、あまりにも人間に近づきすぎるため本来の能力がオミットされる。ノルンはそれを嫌っている。正体はばれてもいいし、それはその後の立ち回り次第と考えているし、危険な任務地ではむしろ本来の能力をできる限り残したいという発想からだ。
だが、ノルンの発想はやはり変わり種で、少々無頓着すぎるきらいがあるため、少しでもその星に溶け込めるようにとの配慮で、ライブブレスレットが支給された経緯があった。
しかし、砂丘にたたずむノルンの姿は小柄で、腰近くまである黒い髪を持つ美しい女性にしか見えず、普通の人間であれば見とれることはあっても、正体が異星人であるなど夢に思わないだろう。
そんなノルンの目には、砂漠の戦士たちの戦いが移っている。だが、その顔は無表情だ。なぜなら、その星の歴史に介入する事はできないからだ。あくまで、「その星の人々の裁量では裁ききれない異常事態」に助け船を出すのであって、悲しいことだがその星の民の戦争には介入はできない。戦争もその星の歴史の一部だからだ。
「悪いけど、私には何もできないから」
どこか無常観が漂う口調でつぶやきながら、ノルンはその場を去ることにする。この星に何か異常事態が起こっていないか、調べることは山ほどあるだろう。踵を返して歩き始めようとした時、彼女の目に捉えられたものがあった。
戦いが展開される正門とは逆の裏門に向かって、砂漠の一部が隆起しながら近寄っているのだ。ノルンの目でなければ、それを捉えることはできなかっただろう。隆起はゆっくりと裏門に近づき、あと少しのところで止まった。ノルンは興味をひかれて様子を見守っていたが、その意味にすぐに気がついた。
「正面ばかりに気を取られるから。戦闘慣れしていないのね」
ノルンのその予想はすぐに当たった。砂地の中から多数の兵士が現れ、裏門を守っていたわずかな兵士を払いのけ、門を破り始めた。正面から攻めている大群は囮、裏から攻めてきた少数精鋭部隊が本隊なのだ。
「もう、知らないわよ」
ノルンの目は言葉とは裏腹に冷たさはなく、悲しみがあふれ始めている。だが、自分に与えられた使命と力は、一つ間違えれば偽善と暴力につながる。それを無視することは、優しさでも何でもない。ただの独善だ。ノルンは、それを教えられてきたし、何度も目の当たりにしてきた。やはり、自分が出る幕ではないと思おうと努めた。だが、村の中にいるのは非戦闘員である女性や老人、そして子供である。それを見た瞬間、ノルンは苦渋の表情を浮かべながら砂丘を降りて行った。その足は村に向かっている。
門を破られ、多数の兵がなだれ込む。正門に配置している男性群が来るには時間がかかり過ぎる。中に残っていた非戦闘員である女性や子供、老人はたちまち追いたてられ、一か所に追い込まれて行く。体力の少ない老人や子供は格好の獲物となり、兵達は執拗に追いまわす。母親からはぐれた子供が足を取られて転んでしまう。だが、兵士には人間の心がないのか、躊躇なく剣を振りかざし、子供の命を奪おうとした。
その瞬間、剣をかざした兵の頭に衝撃と鈍い音が走り、彼は体をぐらつかせて倒れこみ失神した。彼の兜には大きな凹みができ、そばには拳ほどの石が転がっていた。後ろからの攻撃だと気がついた一団は、一斉に後ろを振り向いたが、そこには誰もいない。その瞬間、彼らの頭を誰かが蹴りつけながら飛び越えていく。そして、その人物は子供の前に降り立ち、子供を抱き上げて母親もの途へ連れていった。その人物は子供にやさしい表情を見せ、その顔を見上げた子供は安心したかのように泣きやんだ。
「あなたの未来という運命を守るのも、私の役目だよね」
それはノルンだった。彼女は子供をあやすように話しかけると、すっかり安心した子供はノルンに微笑みかけてきた。そして、その子の母親が駆け寄ると子供を手渡し、
「決して、この子の手を離していけませんよ」
と、語りかけた。母親は、言葉にならない声で礼を述べているが、ノルンは彼女を後ろに下げ、皆と一緒にいるように諭した。
そこに、ノルンの隙をついた兵士が剣を振りかざして背中に切りつけてきた。村人たちは、その後に起こることを想像し目をそむけたが、予想した通りにはならなかった。
ノルンの左腕に装着された青いブレスレット・コスモブレスが光輝いたかと思うと、連結した二本の槍、ツインランサーモードに変わり、兵士を体ごと弾き飛ばした。ノルンは穏やかな光を放つ武器を取りながら、強い意志のこもった眼で話しかけた。
「コスモス、あなたもこの人たちを助けるのが私の使命だと言うのですね。私もそう信じます」
自分の背丈以上もある槍を手にしたノルンは、兵士たちに向き直った。彼女の眼は、先ほどまでとは打って変わり、それは戦士のものに変わっている。
「さあ、あんた達。非戦闘員に手をかけるなんて、随分と非道な真似をするわね。いいわ、私が全員まとめて相手をしてあげる。歯食いしばってかかってきな」
完全にノルンは戦闘モードである。かかってこいと言いながら、自分で兵士達に突っ込んでいく。だが、兵士たちは数を頼みにしてノルンに殺到する。どう考えても不利な状況であるが、ノルンの動きは濁流を受け流すように、華麗に柔らかな動きで兵士の殺気と勢いを殺していく。そして、相手の武器を弾き飛ばし、ツインランサーで叩き折っていく。凶暴と言っていい兵士達が、ノルン一人にきりきり舞いさせられる状況に、村人たちは唖然とした表情で見つめるしかなかった。
だが、ノルンによって武器を破壊されたにも関わらず、兵士達の闘志は衰えることなく、寧ろ、闘志を爆発させて、素手で殴りかかってくる。まるで、何かにとり憑かれているようだ。攻撃を受け流し続けるノルンは、それに妙な感覚を覚え始めた。
「何だか、生身の人間を相手にしている気がしない。通常の人間の身体能力を超えている……」
見た目は明らかに普通の人間だし、ノルンの目もそれを告げている。だが、発揮してくる能力は、変身していないとはいえ、十分に常人を超えるレベルのノルンと互角に近い戦いを見せる。攻撃は受け流し続けるが、相手を沈黙させる事ができない。
手に余り始めたノルンの背後を突いて、数名の兵士が飛びかかってきた。身を守るためにやむを得ず、ノルンは槍を振るい薙ぎ払った。その時、驚くべきことが起こった。
人間である相手を傷つけないように、わずかにかする程度の攻撃だったにも関わらず、彼らの鎧が粉砕したのだ。ノルンのコスモブレスは、相手を傷つけることはない。誰かを守り、救うために力を発揮する護り刀であるゆえに、物理的な切れ味はない。心で斬るものだ。
だが、今はわずかにかすっただけで、兵士の鎧を打ち砕いた。それが意味するのは、本当に討つべきはこの鎧、それを着る兵士の命を奪ってはならないということである。
「討つべき相手は、鎧と言うことね。何だか妙だけど、やってみる価値はあるわ」
ノルンは目標が定まり、戦法を変えた。槍を自分の体を中心に円を描く軌道で振り始める。その円に囲まれることで、自分の間合いを作り踏み込ませないためでもあるし、わずかな動きで近寄ってきた相手の鎧などの武具を破壊するためである。
動かないノルンにしびれを切らし、兵達がノルンに駆け込んでいく。ノルンはわずかに槍の間合いを前方にずらした。ただ、それだけの動きだった。しかし、槍がかすめた鎧や兜、腕当てや足当てが砕け散り、中に入っている生身の兵士の体が露わになる。鎧をはがされた兵士は、目が虚ろでしばらくふらふらした後、一回転して倒れこみ、口から泡を吹いて失神した。ただ、鎧を脱がされただけでこの有様だ。
「ふうん。討つべきは鎧、とは思っていたけど、まさか操られていただけなんてね。まあいい。ターゲットが絞れるなら、やりやすいしね」
標的を絞り込んだノルンは、華麗な動きで体を自由に操り、槍を手足のように動かして、瞬く間に鉄製の武具を破壊し、兵士を完全に丸腰にした。彼は、糸の切れた操り人形のようにぐったりと力が抜け、脱力して地面にへたり込んでいる。完全に気絶はしていないが、気力はなく、ぼーっとしており、自分の身に何が起こったか、全くわかっていないようだ。瞬く間に乗りンは、兵士を丸裸にして、完璧に沈黙させた。
ノルンは武器をしまい、村人達の方に歩み寄っていった。小柄な彼女が、自分より大きな槍を振り回し、凶暴化した兵士達を、鎧を砕きながら制圧したことを彼らは信じられず、唖然とした目でノルンを見つめている。圧倒的な強さに、村人の心にわずかだが恐怖が芽生えた。何かを要求されるのか、さらなる暴力を振るわれるのか。兵士達の横暴にさらされてきた彼らにとって、それは当たり前の反応だった。
だが、彼女が近づいてくると、ノルンによって助けられた子供は、再び顔いっぱいに笑みを浮かべた。恐れなどない、心から信頼しているからこそ見せられる、豊かな表情だった。ノルンは、それに気がつき、自ら膝をついて子供の目線にあわせて話しかけた。
「もう大丈夫。泣かなくていいし、笑っていられるよ。ありがとう、私がするべきことを気がつかせてくれて」
子供に話しかけるノルンの顔にも、笑みが自然と浮かび上がってくる。それは、作られたものではない、慈愛に満ちた心からあふれ出る笑顔にほかならない。 子供の笑顔を確認すると、ノルンの表情は今度は引き締まったものとなり、村人の顔を見回している。そして、彼らに、
「この村の長をつとめる人物は、ここにいるの」
と、尋ねた。最初は戸惑い、ざわざわとしたささやき声がわき上がったが、命の恩人の言葉は無視できない。群衆の中から、日に焼けた顔に白い豊かな髭を蓄えた老人が手を挙げながら立ち上がり、自ら名乗り出た。
「私がこの村の長、長老です」
彼の毅然とした名乗りに、ノルンも礼儀正しく、敬意をもって受け答えをする。
「初めまして。私はノルン。旅をしている途中、この惨状を見かね、差し出がましい行為ではありますが、介入させていただきました」
「いえ、命を助けて頂き、なんとお礼を申したらいいのやら……」
恩人に対する感謝の意をどう伝えるべきかわからない村長に、ノルンは気を使わなくていいと言う表情で手を差し出しながら、なんとノルンの方から要望を願い出た。
「礼には及びません。ただ、よろしければ簡単なお願いがあるのですが」
「あなたは恩人です。我々にできることでしたら何でもいたします。食料や水も提供できますが」
「ふふ、そういうのはいらないわよ。まず、この村に大きな蔵や納屋はあるの」
「は、はあ。食料を保存する建物はございますが」
「そう。なら、その建物を空にして。次にお願いするのは、綱をできるだけ多く。まずは、これだけ揃えてくれるかしら」
ノルンの意外な注文に、村人全員が唖然とした表情で聞いている。だが、ノルンはその表情が見えないのか、それとも理解していないのか、全くお構いなしにしゃべり続ける。
「それらを準備したら、女性や子供は安全な場所に行くか、軽作業を。男性は少し力仕事をしてもらうわ」
突然の来客であり、命の恩人となったノルンの指示に従い、最初は戸惑っていた村人もてきぱきと動き始める。ノルンは、図々しいのか、リーダーシップがあるのか微妙なところであるが、完全に場を仕切っており、村の中に浸透してしまった。
そして、なぜか彼女の周りには、自然と子供が集まっている。どういう訳かは知らないが、ノルンは昔の硬派な性格の頃から子供によくなつかれていた。彼女の奥底に眠っていた深い愛情と優しさに子供は安心感を抱いたわけだが、それ以上にノルンは子供にだけは心を開き、慈愛の想いを注いできた。
優しくてとても強い存在のノルンは、瞬く間に子供達の憧れの存在になってしまった。
「あなた達、どうしたの。私、何か珍しいものでも持っているかしら。……、ちょっとごめん、私、いく所があるから。だからまた後で話しましょ」
ノルンは、残念がる子供達に手を振りながら、村の正門に向かって走り出した。恩人を放っておくくわけには行かず、長老もノルンの後を追う。
正門の前には、村の男が、門を突破されないようにびっしりとそこを固めている。だが、これだけの人数がいて、後方がお粗末な警備なのはいただけない。戦い慣れしていないのだろうが、弱い者を守るには致命的だ。 ノルンは、まあ仕方ないかと言う思いで、ため息をつきながら、殺気立っている集団に足を踏み入れた。
見知らぬ女が突然現れ、ノルンの姿を見たものは、警戒の色を濃くする。だが、彼女はそれにはお構いなしにどんどん門に近づく。
そこに、一人の男がノルンの肩に手を置き、前進を止める。部外者に対しては、当然の行為である。
「おい、お前は誰だ。村の者じゃないな」
「悪いけど、名乗っている場合じゃないわ。門の外は、それほど余裕はなさそうだし」
戦闘モードに入りかけているノルンは、先程までの礼儀正しさや優しさから、ストイックな状態に入っているため、男のいうことに、いちいちかまっていられない状況にある。そこに、兵士は余計な一言を言う過ち、いや、不運に見回れた。
「外がやばいだと。そんなことはわかっている。だから、村の奥に行っていろ。ここが女なんかがうろつく場所じゃない」
余りに不用意な言葉は、ノルンの過激な一面を噴出させてしまった。ノルンは、細い腕を伸ばし、男の喉元を掴むと、その小さな体からは信じられない力で、片手一本で男の体を持ち上げる。彼女の顔は、目にぎらぎらした光が宿り、無表情な顔が一層恐ろしさを際立たせている。
「あんた、今、なんて言った。女なんか、だと。ふざけるな。戦いになれば、力がある者は、力のない者のために戦うのは当然だ。女だから弱いというのか。その言葉、取り消せ。女の価値を決めつけるなよ」
ノルンの剣幕に、男は声を失い、必死に顔を頷かせる。それをみたノルンは、手をすぐに離し、
「わかってくれれば、それでいいわ。気をつけてよ」
と、何事もなかったように、再び門に向かって近づいていった。もはや、誰も彼女の道を妨げるものはいない。そこへ、一部始終を遠くから見ていた村長が追いつき、ノルンに対して非礼があったことを察し、詫びをいれている。
「ノルンさん、いや、ノルン様。この者に失礼があったなら、私が代わりにわびます。……。お前、ノルン様に何をしたのだ」
「女のくせに、と言ったら、急に首を絞めてきて……」
「馬鹿者。あの方は、村の裏手にいた我々を襲った一団を、たった一人で片づけてくださった、命の恩人だ。このバカたれが。ノルン様、まことに申し訳ありません」
長老は、地面に頭をこすりつけて、必死にノルンに詫びを入れている。それを見たノルンは、しょうがないなという表情を向け、
「もういいですよ。発言を撤回して、謝罪したのだから、怒っていません。あんた、次やったら拳が入るから、気をつけてね。それでは村長、行って参ります」
と、言い、門に手をかけ、押し始めた。それを見た村長は、顔が青ざめ、思わずノルンの行為を止めにはいる。
「ノルン様、一体何をするおつもりですか」
「外に出るのですけど、何か」
「お待ちください。外の兵は、先程とは数が違います。我らの戦士もおりますので、あなたの手を煩わせることもございません」
「その戦士が頼りないからですよ。正直、このまま行くと、敵がここになだれ込みます。その前に、片を付けます」
「片を、つけると……」
「はい。楽勝ですので、ご心配なく。では」
ノルンの発言と自信に、村長をはじめとする男達は、呆然とした面持ちで、門をこじ開け、外に出て行くノルンを見守るしかなかった。
ノルンは外に出ると、自らの特殊能力で嵐を起こし、敵の進軍を食い止めようとするワルフに近づいていく。彼の力は、なかなか大したものだとノルンは認めているが、いかんせん戦略がなさすぎる。ここまで強い風を起こせるのなら、もっと前線で広大な範囲に嵐を遠慮なく起こせば、敵の前進をもっと阻める。なのに、村を背にしていては、力をセーブせざるを得ない。力があるので最後の要を任せられているのだろうが、思慮の浅さは要に向いていない。
ノルンはすっとワルフの隣に立った。彼はすぐには気がつかなかったが、青い服をなびかせながら、平然と戦場に立つ小さな女に、ぎょっとしている。
「お、おい。お前、誰だ」
「私はノルン。旅人よ」
「あぶねえぞ、引っ込んでいろ」
「そうかしら。危なっかしいのはあなた達の方よ。戦術も何もない、力任せの戦い。その力を無駄にしている。そう断言できる」
突然戦場に現われ、戦術の講釈をたれるノルンに、ワルフは怒るどころか、唖然として見つめている。言葉を失っているワルフに対し、ノルンは相変わらずのマイペースを貫き続ける。
「あなたが突破されると村人はあっさり全滅するわよ。あなた達のためじゃなく、後ろで震えている人たちのために手を貸してあげる」
「手を貸すだと。お前、一体何者なんだ」
「だから、ノルンだって。少し、普通じゃないだけ」
ノルンは一歩前に踏み出し、右手の薬指にはめた指輪を胸にかざした。指輪の鉱石から光が放射される。光は、ただ放射されるだけでなく、軌道が完全にコントロールされ、ノルンの前後上下左右に光のサークルが生まれ、そこに光の国の文字が刻印されていき、魔法陣の様なものを形成する。計六つの魔法陣は、ノルンの体に向かって集合し、光に包まれたノルンは、銀色の体に赤と青のラインが美しく流れる光の戦士へと姿を変えた。
目の前で、一人の女性が見た事もない人のような存在に姿を変えた事に、ワルフは驚きを通り越して、呆然とし、風の力を思わず消してしまった。
「本当に、一体何なんだ、あんたは」
「少し変わった旅人。ウルトラマンノルン、その名で通っているわ」
「ウルトラマン、ノルン……」
「さあ、しっかり見ておきなさい。本当の敵を教えてあげる」
やや自信過剰とも思える言葉だが、その口調に驕りは全く感じられない。歴戦の経験から滲み出る確信と頼もしさすら感じさせ、ノルンは低い姿勢で、韋駄天の如き速さで、兵士団に向かっていった。