険悪な雰囲気ではあるものの、スレイプニルとトールの護衛により、危険な移動は無事に完了して今晩のキャンプ地に到着した。明日、砂漠を横断すればいよいよマスドライバーに到着する。輸送船に乗り込み、宇宙へ打ち上げを終えれば、作戦成功と同時に終了である。一行は、廃墟となった街の中に車で入っていくが、敵が潜んでいる様子はない。
「敵が潜んでいる様子はないな」
「夜討ちもあり得るから安心できないよ」
「恐ろしいことを言うなよ、ナナ。そりゃ、考えなきゃいけないのはわかってるが、気が休まらないぞ」
「私は、この星に来てからずっと気が休まらないわよ。自分たちの星にいるのに、それがストレスになるなんて最低だわ」
「ごもっともな意見だ。せめて夢の中でのびのびさせてほしいもんだ」
「まずい……、夢どころか、食事前にひと騒動になりそう」
ナナがうんざりした表情で見つめるレーダーには、街に迫る多数の影が映っている。膨大な怪獣のデータから、その影の正体と思われる個体のデータが呼び出された。
「フライングドラゴンか……。ランクはレベルC。弾薬の残りを考えれば、特に問題はないと思うけど。隊長の意見は?」
「ナナと同じ。一応、私も変身はできるけど、マスドライバーまで大詰めを迎えているから、できればエネルギーをとっておきたい。スレイプニル達と通常兵器で迎撃よ」
「了解。部隊に迎撃の指示を出すから」
ナナは後続部隊に迎撃態勢を整えるように命令する。避難民の安全を確保し、戦車や重火器を上空から来るであろう敵に備え始める。ノルンもガトリング砲を手に迎撃準備に入るが、何か釈然としない表情を浮かべているのを、ナナは見逃さなかった。
「何か、気になることでもあるの?」
「ちょっとね。気のせいならいいけど、こういう感覚は流さない方がいい」
「一体、何が気になるの」
「敵の動きが単純すぎる。兵糧攻めをして、私たちの進路を先読みし、今日は挟み撃ち。随分と知恵が回ることをしているのに、今度はただ飛来するだけ。こっちの火力を知っているはずなんだけどね」
「考えすぎじゃないの」
「物事は、臆病すぎるぐらいに慎重に考えるぐらいでちょうどいい。その代わり、決断したら前に進むことを躊躇わない。戦略的に攻めているあいつらの知性を考えると、この襲来は稚拙すぎる」
「じゃあ、その裏で何を考えているか、わかるの」
「それはわからない。何かあるかもしれない、それだけは忘れないでいることにこしたことはないと思うから、ナナもそのつもりで」
戦場での経験は圧倒的に多いノルンの言葉だけに、重みがあり、無視する事が出来ないナナではあったが、迫りくる敵を前に他のことを考えるだけの余裕が自分にはないことを理解しているので、雑念を振り払い空からの襲撃に備える。そこへ、デュークからの連絡は確実に伝えられてきた。
「来るぞ、発砲開始」
デュークの連絡と同時に、荒廃したビルの陰から一斉にフライングドラゴンの群れが姿を現した。一斉に発砲が始まり、ドラゴンたちを地上に近づけさせず、少しずつ撃ち落としていく。ノルンもガトリング砲で応戦しているが、どうも目の前の敵に集中しきれておらず、側にいるナナもそれが気になってならない。
「まだ、気にしているの」
「ナナ、あいつら、一向に近寄ってくる気配がない……」
「え?」
「真上には来た。でも、降下する気配がないのよ。わざと的になっているように思えてならない」
「そう言えば、苦戦している気がしない。あんなに数が多いのに……」
二人は銃を撃ち続けながらも、敵の動きの不自然さが気になって仕方なく、次第にそれが不安に変わっていく。その時、ノルンはその不安の正体にとっさに気がついた。
「しまった、あいつらは陽動だ!」
ノルンは銃を放り出し、集団から離れた方向に向かって走り出し、指輪を突き出して変身をする。と、同時に、ビルの陰から巨大サイズの怪獣が現れ、ノルンと出会い頭に衝突して組み合う形になった。
陽動と言うノルンの言葉を理解したナナは、周りにいる者に攻撃をやめないように命令をすると、通信機に向かってどなり声をあげる。
「ちょっと、デューク。あんた、レーダーを見ていたんでしょ。その二つの目玉は飾りかよ!」
「うるせえ、俺のせいじゃねえよ。あの怪物の体表面にステルス機能があるんだ。だから、接近に気が付けなかった。あいつは、レベルAのクイーンだ。ヤバい奴に待ち伏せをされたぞ」
「クイーンか……。フライングドラゴンに気を取られている間、銃声に、紛れてそばまできていたなんて。レベルAじゃ、こっちの武器は通用しない。隊長、頼んだからね……」
しかし、ノルンにとってもクイーンは厄介な敵だった。動きが速い上に、爪や牙が鋭い敵に、あまり密着した攻撃はできず、どうしても決定打を与えられるように持っていけない。体の耐久力も高く、メタルビートルと戦って以来、クイーンの強さはこれまでとは明らかに違う。だが、それ以上にノルンの手を焼かせるものをクイーンは持っており、戦いに制限時間がある彼女に不利な状況を与えていく。
――こいつ、私の動きを読んでいる……
クイーンは、ノルンの動きと同時に体を動かし、攻撃を受け流すことでダメージを最小限にとどめているのだ。そのため、時間がないノルンの体力は無駄に消費され、攻撃を避け続けるだけで必然的にクイーンは有利になっていく。何故、野獣にすぎないクイーンにこれほど攻撃を読まれるのか、ノルンは理解に苦しむ。知性ある敵ならまだしも、本能だけで動く野獣にここまで完璧に動きを読まれるのは考えられないのだ。この星の怪獣達には、知性とは別の何かがマンカインドやエイプノイドの知的行動を察知するものがあるとしか思えない。
――持久戦だけは絶対に避けなきゃいけない
長期戦が不可能なノルンは、このままでは埒があかないと考え、意を決して相手の懐に飛び込むことで懇親の一撃を放つ戦法に出た。動きを止めさえすれば、後は光線で仕留められる。敵に動かれては、交戦を無駄撃ちにさせられるだけだ。歩幅を大きくしてクイーンの間合いに踏み込むノルン。狙いを定めて右の拳を突き出す。スピードもタイミングも完璧のはずだった。しかし、クイーンはその攻撃すら読み切り、逆にノルンの予測を上回る俊敏さを発揮して攻撃を交わすと、彼女の右腕に噛みつき、刃物のような牙を喰い込ませて、少しずつ切り裂いていく。
ノルンは痛みを感じる前に危険を感じて腕を引き抜こうとしたが、その時にはもう腕に激痛が走り、少しずつ腕をかみ砕かれ、切り刻まれていくのを感じた。腕一本取られただけでは致命傷にはならない。だが、このまま時間を消費させられると、何もせずにノルンの命は尽きる。クイーンの牙から逃れようと、ノルンは左腕のブレスレットを展開しようとする。ところが、今度はクイーンはそのブレスレットを左手ごと鷲掴みにし、使用を封じる信じがたい行動に出た。
――まさか……。この星でブレスレットをまともに使ったのは二回だけ。変形を見せたのは一回だけなのに、どうして知っているの
ノルンに考えられることは一つだけだった。この星の怪獣は、情報を共有していることしか考えられない。外敵と遭遇すると、その情報を種族を超えて伝達し、外敵の情報を共有する。最初の個体が倒されても、次に出会う個体はすでに敵の情報を持っているため、先読みが可能になり裏をかくこともできる。それは間違いない。だが、情報をここまで高度な戦略に生かせる知能は、これまで会った怪獣からは感じられない。クイーンにしてもそうだ。情報を知っているのは確かだが、その戦い方は共有した情報を理論的に組み立てた高度な戦略である。しかし、クイーン自体は野獣の本能剥き出しの性質で戦っている。そうなると、一旦送られた情報を集め、それを分析し整理した上でフィードバックし、怪獣達に指示を出している存在があるはずなのだが、今度はそんなことをする意図が全く分からない新たな疑問が発生する。
その仮説をはじき出したノルンだが、それは今の危機を脱する足しにはならない。動きを封じられ、為す術もない状況に追い込まれたまま、カラータイマーの点滅が始まる。残り三十秒を切ってしまった。何とかクイーンから逃れようとするが、クイーンは制限時間も知っているのか、必死に食らいついてノルンを逃がさない。このままでは、何もできないまま敗北を迎える。次第に焦りが激しくなるノルン。しかし、それを察知したスレイプニルとトールが間に割って入ってきた。自分の主人の危機を救おうと意地を張りながら我先にと殺到している。
まず、トールがクイーンの頭部にしがみつき、電撃を直接相手に浴びせる。これには、クイーンも堪らず口を開け、ノルンの腕を解放した。続いて、巣レイプに理が頭部のユニコーンホーンでクイーンの脇腹を突き刺す。初めて苦悶の声をあげ交代するクイーンだったが、痛みは怒りを呼び反撃を始める。頭部にしがみついているトールの背中に鋭い鉤爪を突きたて、皮膚と肉を切り裂いた。激痛に襲われたトールはその場に崩れ落ち行動不能に陥る。スレイプニルは角を突き刺したままクイーンを押しこんでいくが、死角から槍のように鋭い尾の先を腹部に突き刺され、その場に膝をついて動きを止めてしまった。とどめを刺そうと狙いを定めるクイーンだが、そこに隙が生まれてしまう。
「お前の敵は私なんだよ!」
ノルンは、まだ動かせる左腕からデタームギロチンを発射した。何枚にも分裂したギロチンはクイーンの体を切断し、制限時間ぎりぎりのところで強敵を撃破することに成功したノルンは、人間体に戻ったが、負傷した腕は戦闘時の傷も反映され、おびただしい出血を伴っている。ノルンは出血を左手で抑えながら、負傷のため元の姿に戻ったスレイプニルとトールの許に駆け寄る。二匹とも命に別条はないが、このままの行動は不可能なほどの傷に間違いはなかった。
「ごめん、私のためにこんな目にあわせて……。十分働いてくれたから、ブレスレットの中で傷をいやして」
自分のために命を賭してくれる二匹の姿勢は、ノルンにとっては嬉しい反面、自分のせいで命を落としかねない不安な面もある。まかり間違えば、スレイプニルもトールも死んでいたかもしれない。信頼に応えるためには、主人たる自分がしっかりしなければいけないとノルンは己を戒めた。
いつの間にか、辺りの銃声はやんでいた。陽動に使われたにすぎないフライングドラゴンだったから、撃破は難しくなかったのだろう。傷の痛みをこらえながら皆の許へ戻っていくノルンの許に、デュークとナナが駆け寄ってきた。二人とも彼女の右腕の傷を見て絶句している。
「隊長、大丈夫ですか……」
「デューク、これが大丈夫に見えるなら、あなたはよっぽど鈍感か鬼畜ね」
「すぐに衛生班を呼びます」
「急いで。敵に私の負傷は知られている。さっさと回復させないとまずいことになるから」
「どういうことです?」
ノルンは自分が建てた仮説を二人に話した。長い間、怪獣達を戦ってきた二人にも考えつかない突飛な考えだったが、その仮説から考えればこれまでの怪獣の行動に説明がつく。
「なるほど。情報の共有か。俺達の行動に簡単に対応してくるわけか」
「まあ、そうなるよね。でもさ、怪獣如きに情報を戦略的に利用する事なんてできるとは思えないんだけど」
「ナナ、自然界はわけのわからないことがたくさんあるぞ。俺たちエイプノイドがマンカインドが数万年かかった進化の歴史を、あまりに短い期間で達成した実例があるんだ。しかも、その仕組みはわかっちゃいないんだ。怪獣が戦術家になってもおかしくない」
「じゃあ、向こうの提督みたいな存在を倒せば、万事解決するわけか。面白い仮説ではあるよね」
「ま、そういうことだ。とりあえず、立ち話はここまでだ。隊長の傷の手当てを済ませないと、まずいことになる。明日の夕方前にはマスドライバーに到着するんだ。俺達の生命線が切れたら、そこでジエンドだ」
二人は、ノルンの体を支えながら部隊の方に戻っていくが、ノルンの表情は痛みのため冴えない。
「隊長、頼みがあるんだけど」
「何、ナナ」
「あまりつらそうな顔しないで。酷な要求なのはわかっているけど、隊長が重傷だって知られると士気が一気に下がるし、何より避難民に不安が広がる。特に子供たちは隊長に懐いているから、余計に敏感になる。子供が不安がれば親たちにもそれが伝わっていく。大詰めだから、あまりそういうのはよくないと思って……」
「そうね、あなたの言う通り」
「偉そうなことは言えないのはわかっている。私自身、不安に負けて自暴自棄になって、みんなの心を折ってしまったから。だから、もうみんなをそんな気持ちにさせたくない。今は、隊長がみんなの心の支えだもの」
「わかった。やせ我慢するから、早く手当てしてよ。隊長命令ね」
「了解」
急いで設営された衛生班のテントに向かう途中、ノルンはわざと怪我をしている方の腕で、避難民に手を振った。自分の負傷が彼らに不安を与え、大詰めを迎えた移動の支障を与えまいと無理をしているのだ。特に、敏感な心を持つ子供には努めて笑顔を向けているが、傷の具合がただ事ではないことがわかっているデュークとナナは、ノルンの笑顔に合わせるだけでも心が痛んだ。ようやくテントにたどり着き中に入ると、気が緩んだノルンはその場に倒れ込んだ。官位のベッドに運ばれて腕の治療が始まるが、怪我は想像以上に深刻だった。
クイーンの攻撃は腕に深い傷を与え、腕を上げたり手を握るのも困難なほどで、我慢強いノルンも顔を歪めている。
「隊長、これはまずいですよ」
「見ればわかるわよ。この星の環境、エーテルの量を考慮すると、回復には時間がかかる。マスドライバーまではどれくらいかかるの?」
「明日の早朝に出れば、午後には到着できるはずです」
「デューク、私の怪我の具合を知っているのはあなたとナナ、衛生兵だけね。絶対に漏らさないで。スレイプニルもトールも、戦闘に耐えられる状態じゃない。余計な不安を与えてしまうと、混乱が起こって移動の障害になる可能性は少なからずある。それはわかるわね」
「はい、それは理解しています」
「じゃあ、みんなのところに行って、私の怪我は軽傷だと伝えて。笑いながら言うのよ」
「……、了解。では、行ってきます」
ひきつった笑みを浮かべながら、デュークはノルンの命令を遂行するためにテントを出て行った。その姿を見送ったノルンの顔は再び苦痛に歪み、珍しく脂汗が浮かんでいる。手当を手伝い腕に包帯を巻いてやっているナナは、いたたまれない様子でノルンに話しかける。
「ねえ、隊長……。ノルン、どうして私達のためにそこまでするの? マンカインドもエイプノイドも、あなたにとっては異星人。異星人のためにそこまで体を張って、心を気遣って、命までかけて守ろうとしてくれる。私にはわからないな……。できないと思うし」
ナナは、素直に疑問をぶつけた。光の巨人の伝説の下地があるから、ノルンの存在は受け入れることはできたのだが、その行為や心は時が経つごとにわからなくなっていく。同じような感覚を持ち、交流もできるのに、何故ここまで自分達のために戦い命をかけられるのか理解ができない。そんなナナに、ノルンは手当てを受けながら顔を彼女に向けて語りかける。
「なんでかな。私も理解していないかもね。……、でもね、昔から私は戦闘マニアじゃないかって周りから言われていたけど、本当はこうやってみんなと交流して、守るための活動をしたかった。その気持ちに気がついたのはつい最近のことだし、人に教えられたからなのは情けないけどね」
「そのブレスレットをくれた人?」
「そう。それだけじゃない。威勢で出会った友達からも教えられて、気がつかされて、そうして私は変わって、今ナナの目の前にいる私になった。昔からしたかった、誰かを守るため、一つでも多くの命を、助けを求める人を救う事をできるようになった、できると気がつけた。自分がそうしたいからそうしている。求められるからそうする」
「すごいよ、それを宇宙を駆け巡って実行しているなんて……。私はこのグリーンプラネットの辺境地だけでもできないのに。ノルンはすごいよ」
「だって、私はウルトラマンだもの。究極の万物の霊長を目指すウルトラマン。あり得ない程の力と命、肉体を持つことになったのが私達の種族。生命体を逸脱していると言っていい。そんな私達がこの世に存在する意味は何か? それは己のこと、種族だけを考えるのではなく、世界の外側から命を見守り、その営みを見つめることじゃないか。でないと、欲望に駆られてしまうと、この力は破壊的なものになり、あらゆるものを破壊し、不幸を撒き散らす。その先は孤独、そして無。そうならないために、他とはどこか違う存在意義を見つけることになる。そのためには、一か所に留まっているわけにはいかない。広大かつ高みを目指す進歩を求められる。そうして、この世界を守るものとして存在意義を見出し続ける。……。私は理屈っぽくて頭でっかちだから、こんな講釈をたれるんだけどね」
「難しくて、よくわかりづらいけど……。そうしなきゃいけない、そうしたいから命をかけてみんなを守る、それがウルトラマン?」
「そのために生まれたから、そうしたいから、私はこういうことをしている。ナナの答えであってると思うよ。他の人はどう思っているのか、知らないけどね」
「理屈っぽいノルンと違って、何も考えずに思うがままに、ノルンと同じことをやってる奴もいるかもね」
「……、一人、そういう奴を知っている。あいつとは何だかタイミングが合わなくてずっと会ってないな」
「ノルンと逆だから、単細胞なの?」
「いわゆる熱血馬鹿よ。でも、それが腹たつけど心底嫌いになれない理由かも。昔、あいつの方から噛みついてきたから、張り倒したりもしたけど、あんなに年下のくせして、あの頃に私に正面切って絡んだのはあいつだけ。みんなよそよそしかったのに、いきなり喧嘩売ったんだもの。どこで何をしているのやら、あのクソ坊主は……」
「会いたいの?」
「まさか。会えば、みんなが絶対に顔を合わせないように仕向けるよ、それだけ喧嘩しまくった仲だもの。まっぴらごめんよ……。でも、向こうが頼んでくれば、少しぐらいなら会ってやるけど」
「素直じゃないな。そいつとは、私の方が気が合いそう。今度、紹介して、気難しがり屋のお姉さん」
「キッ、上官を愚弄すると、軍法会議にかけるわよ!」
予定通り、次の日はいつもより早い出発になった。一刻でも早くマスドライバーに到着し、宇宙に脱出しなければならない。戦闘続きで、補充の利かない弾薬の残りは少なくなっていることもあり、脱出は早ければ早い方がいいのだ。
ノルンの怪我は、隠密性よりも能力をどれだけ維持できるかと言う面に重きを置くノルンの擬態の傾向もあり、外相は一晩でふさがってしまっている。だが、内部の負傷は未だ治りきっておらず、痛みが残り、腕の動きも違和感がある。変身するには問題はないが、ギリギリまでそれは取っておきたい上、今のままではろくな戦いをできないこともノルンは自覚していた。今日は運転をナナに任せているデュークは、ノルンの腕に巻かれている包帯などを交換し、具合を確認している。
「こりゃすごい。あのひどい傷がもう塞がっている」
「回復力とかも必要だから、私の擬態はざっくばらんなの。こういう事態も想定しているから、元々の身体能力をギリギリのところで残してあるからね」
「その判断力は、本当に恐れ入ります。痛みの方はどうですか」
「マシにはなっているけど、厳しいとしか言いようがない。でも、幸いにして今日は静かね」
「全くです。レーダーには何の影も映らない。平和そのものです。ただ……」
「それが不気味なんでしょ。それは私も同感。私やスレイプニル、トールの負傷は、情報として他の怪獣に伝わっているはず。敵が手負いの状況なら襲ってくるのは野獣の習性なのに、ここまで自由に泳がせておくなんて不自然極まりない」
襲撃の連続だった昨日までとは打って変わった静寂と平穏の中の移動は、望ましい状況であるにも関わらず、何とも言えない違和感を与えていた。どこかで監視されているのではないか、実は近くまで忍び寄っているのではないかと言う疑心暗鬼に覆われているのだ。その緊張感がもたらす精神的な疲労は決して軽いものではない。
昼の休憩を終え、目的地まであと二、三時間である。行程は順調だが、油断はできない。ナナの表情も決して緩むことはない。
「いよいよマスドライバーまであと少しの地点か……」
「そう、あと少し。でも、そのあと少しのところで何かあるような気がしてならない」
「待ち伏せとか?」
「一番考えられるのはその線なんだけど、なんでマスドライバーまで私達を引き込むのかがわからない。今襲えば、私が戦えないからかなりのチャンスを得られるのに何もしない」
「正直、不安で仕方がない。希望が近付くにつれて、不安も大きくなって仕方がない」
「私が必ずナナ達を宇宙に送り届ける。それが私の任務だし、一番叶えたいこと。それに、ナナには幸せになってほしいし、私の任務の先にあなたの幸せがあると思うと力が入るわ」
「ちょ、ちょっとやめて、そんな話……。運転をミスるよ」
「何、あわててんの? おかしなこと言った? 別に、深い意味なんてないのに。照れるレベルの言葉なの?」
「……、その手のネタを話すことにマジで自覚がないわけ。『女』として変わってる……」
「ナナ、あなたが男だったら、今の一言は命取りだからね。女だからどうこう言われるのは大嫌い。押しつけられるのはもっと嫌い。女だからなめてかかる奴は一番嫌い」
「色々あったんだ……」
ノルンが何に拘っているのかがなんとなくわかったナナは、それ以上は言わなかった。火種になるかと思い、右手にはめている指輪も見えない様に気を使う。何か、女と言うことを押しつけられたり、望みもしないレッテルをはられたことで、極端すぎるほどに女性であることを揶揄されたりすることや、意識させられることに不必要に過敏な反応するノルンの気持ちがなんとなくわかったからだ。何があったのか気にはなるが、それを訊いたところでノルンは話さないだろう。だが、そんな彼女の心の中に大きな存在として残っているブレスレットの送り主のことは気になってしまう。その人物は、頑ななノルンの心に何をもたらしたのだろうと……。
「あれがマスドライバー?」
ノルンの言葉にはっと我を取り戻したナナの視界に、はるか遠くにあるマスドライバーが小さく見えてきた。視力に関しても、ノルンは常人を超えているため、発見が早い。エイプノイドも視力が優れているため、デュークもマスドライバーを確認しているようだ。
「ようやく、この大移動も終わりか。ありがとうございました、隊長」
「まだ早い、デューク。私はあなた達を最低でも大気圏外へ脱出させなければならない。そして艦隊に合流できるようにお膳立てするのが任務。私にとっても、最後の仕上げが待っている。礼はそのあとにね」
「了解。……、ん、隊長、何だか妙ですよ。基地の周りで煙が上がっている……」
「えっ。……。本当だわ、火の手は上がっていないけど、燃えた跡が見える。まさか、襲撃されたのは基地の方じゃ!」
「しかし、マスドライバーそのものは無事ですよ。ここから見える限りですが、破壊されたのは基地周辺の防衛用の施設だけです。何があったかはわかりませんが急ぎましょう。マスドライバーが無事なら何とかなります」
「確かにそうね。全車両に速度を上げるように伝えて」
「了解!」
デュークは通信機に向かって、車両の速度を上げて基地への到着を急ぐことを伝えている。その隣でノルンは、険しい表情で思案を巡らせ続けている。心に引っかかるものがあるからだ。
――何故、基地を先に壊した? 破壊したなら、なぜこちらにも向かってこない? もうすぐ私達は基地に入る。なのに、まだ襲ってこない。マスドライバーが無事なのは、基地の人間が守り切ったおかげ? それとも、敵は私達をおもちゃにして遊んでいるのかも……
ノルンが感じた疑問は、基地に近づくに従って強まっていく。破壊された基地の残骸とともに、怪獣達の死骸があちこちに転がっている。まさに壮絶な光景だ。基地の防衛にあたっていた者たちは、甚大な被害を出しながらもマスドライバーを守り切ったことになるのだが、防衛ラインを破壊し尽くした怪獣が一体もマスドライバーに到達しなかったとは考えづらい。目の前の光景を見ているノルンにとって、それが不自然で仕方がなかった。
「隊長、基地農法から通信が届きました。生き残りがいるようです。マスドライバーまで直接乗り入れろとのことです」
「言う通りにして。この惨状で生き残るなんて、なかなかタフな連中ね」
「エイプノイドは体力面ではタフですが、マンカインドは執念で生き残ります。どっちもどっちですよ」
「デュークは、柔軟な思考を持っていてよかったわ。理想の部下であり、将来の指揮官ね」
「まあ、出世するためにも、宇宙に帰らないといけません。死んで二階級特進は最悪ですよ」
ジョークを言う余裕を保てる精神力はさすがだとノルンは認めざるを得ない。部隊はマスドライバーの管制塔付近まで乗り入れ、基地を防衛した部隊の責任者が進み出てきた。ノルンは隊長として、その責任者とあいさつを交わし、何が起こったのかと言う説明を求める。
「ひどい有様ね。でも、よくマスドライバーそのものは守り切ったわね」
「昨夜のことです。これまでにない数の怪獣が攻め込んできました。応戦はしたのですが数が数で、その結果が御覧の有様です。今、この基地は文字通り無防備です」
「防衛ラインは突破されなかったの?」
「それが不思議なことに、彼らは撤退したんです。邪魔な防衛用の武器を破壊したなら、残すはマスドライバーだけなのに、それを残していったんです。理解できません」
「……、遊ばれているわね」
「は?」
「こっちの勝手な推測よ。避難民を急いで宇宙船に乗せて。起動はできるの?」
「動力施設を破壊されて、今は非常用の電源でエネルギーを充填しています。後、三十分ほどでフルパワーになるはずです」
「私達が到着して、約三十分後に脱出可能か……。わかった、それじゃあ誘導を始めて。基地にいる人間も全員脱出よ。使い物にならなくなった基地は放棄する。命令よ」
「わかりました。ただちに誘導ならびに撤退準備に入ります」
避難民の宇宙船への誘導が始まり、皆マスドライバーの管制塔から宇宙線の搭乗口に向かう。その光景を見つめながら、ノルンは爪を噛みながら何かを考え続けている。そのぴりぴりした空気を感じ取ったナナは、ノルンが何を考えているのか気になってしょうがない。
「隊長、何か気に入らないことでも?」
「全く気に入らないわね」
「作戦成功間近なのに?」
「それは相手も同じよ。敵は、情報の共有の中心にいる奴にとっても、作戦はうまくいっているの」
「どういうこと?」
ナナには、ノルンの言うことがにわかには理解できない。それは、彼女の知識が足りないのではなく、二人の思考の始まりが違うからであった。
「ナナ、私がここに降下したとき、あなた達は兵糧攻めの状況に置かれていた、間違いないわね」
「思い出すのも嫌なくらい、はっきり覚えている。怪獣の癖に、あんな真似ごとをしてくれてさ」
「真似ごとじゃない。本当に兵糧攻めにしてたのよ。意識的に、そしてその行為の先に何が起こるのかも理解した上での行動よ」
「怪獣は、高い知能を持っているって言うこと?」
「そうだけど、もっと正確にいえば、中心にいる存在の知能が高いのよ。遊びで私達を追いまわし、襲ってくる。今度は、目の前の餌を寸前で取り上げる、底意地の悪いことを考えているはずよ」
「まさか、マスドライバーは餌……」
「そう。私達の進行方向、基地の位置。そこから判断して、今日は会えて襲撃はせずに基地へ通した。逆に、基地を襲って無防備にし、マスドライバーだけは残して、希望だけは与えておく。到着した私達は、つかの間の喜びを得るけど、脱出寸前で絶望のどん底に突き落とされる。それを見たいがための行動、つまりゲームよ。私の戦闘パターンを見切り、負傷させて戦力をダウンさせたのもゲームの一環」
「それじゃ、まるで高等生物の思考になる。あいつらは、ただの野獣のはずなのに」
「野獣も、ある程度の知能に達すると、遊びと言う概念を覚える。ただ、食べる、飲む、寝る、交尾する。次に、そんな本能的な欲求に加え、理性から生じる楽しみたいという欲求を獲得する。その行為が遊び。獲物を弄んでじわじわと弱らせながら捕食する動物がいる。私達は、弄ばれて喰われるのを待つだけの獲物なのよ」
「じゃあ、もうすぐ奴らは最後の攻撃を仕掛けてくる……」
「……、もうすぐよ。もう足音が聞こえてきている。レーダーで確認するわよ」
二人は、所領に乗り込み、レーダーのスイッチを入れるが、モニターに現れた映像を見てぞっとした。これまでにないほどの数のマーカーがこの基地に向かってくるのを示していたからだ。敵は数十に上るのは間違いない。
「後方は海。囲まれることはないけれど……」
「逃げ場は地上にはない。私達の逃げ道は宇宙だけ。まだ、マスドライバーは動かない」
「洒落た真似をしてくれるじゃない。このでかい反応は親玉ね。ゲームの勝利の快感は自分で味わいたいと言ったところか」
「さすが、隊長は怪獣慣れしている」
「慣れてはいても、ヤバさは感じているわよ。残った武器の設置を急いで。エネルギー充填にはトールを使う。まだ怪我が治っていなくてかわいそうだけど、出発を早めるにはそれしかない。スレイプニルは怪獣にぶつける。割ける人員は防衛にまわして。私も変身はしたいけど、活動時間が短いからぎりぎりまで変身はできない。クソ、どこまでも向こうの思い通りに進んでいる!」
声を荒げながら外に飛び出したノルンは、トールをブレスレットから呼び出す。機能の怪我が完全に治りきっておらず、呼吸が荒い。だが、今は彼の電撃がどうしても必要なため、ノルンはつらい命令を与える。
「トール、マスドライバーにあなたの電気を流して。無理はしなくていい。少しだけでいいから。それだけでみんなが助かる」
元より、トールにはノルンの願いを拒否するはずがない。何も言わずに巨大化すると、動力源に触れて自分の体に流れる電流を分け与え始める。それを見届けると、ノルンは迎撃用の武器を設置している場所に戻った。残っている弾薬も武器もほとんどない。足止めできればそれでいいのだが、これだけでは不十分だ。その戦力の補強にスレイプニルを呼び出すが、彼もまだ満足には戦える状態ではない。しかし、元は軍馬のため、気力は衰えておらず、このような乱戦こそその能力を生かせる。
「スレイプニル。任務はマスドライバー発射までの時間稼ぎ。敵を近づけなければいいだけ。深追いの必要はない。万が一突破された場合は、トールを援護。喧嘩はなしよ」
最後の命令の部分だけ、スレイプニルは露骨に嫌な顔をしたが、それでもノルンの指示に従い、この防衛ラインを死守する覚悟を示した。
「隊長、視認できる距離まで接近しました」
デュークの報告に、ノルンは気を引き締め敵が攻めてくる方向を見つめる。優れた視力は、はるか遠くから群れをなして攻め込んでくる怪獣の姿をとらえる。大部分はレベルC、わずかにレベルBの姿が見られるだけだ。こちらの戦力でも足止めだけなら可能だとノルンは判断したが、その群れの中央に陣取る巨大な影を見た瞬間、考えを改めざるを得なかった。レベルAを超える体躯を持ち、周りを威嚇し上がら統率する姿は、明らかにその個体が群れを率いる存在、情報共有の要であり、残虐なまでの知性でマンカインドやエイプノイドを追い詰め、この星から一掃させた諸悪の根源であるとノルンは断定した。それは、彼女がその怪獣と特性を知っていたからだ。
「お前が黒幕か、ギマイラ……。それなら、すべての謎が解ける」
ギマイラ、それは生物の生き血をすすり、高度な知性を持ちながら星から星を渡る怪獣。だが、ギマイラの最大の特徴は、自分の力で『怪獣を創造し、使役できる』ということであった。