「では、今からルールを説明します」
天使の方はすぐに落ち着いて説明を始めた。だから私は、「私たちの希望」という言葉の意味を聞くのを忘れていたし、
そんな言葉を聞いた事さえも、すぐに忘れてしまった。
「インターネットに繋がる環境は?」
どこかの通信会社のアンケート調査のような質問に、私はあっけにとられる。
「ケータイなら」
会社に行けばパソコンもあるけど、私はあまり得意じゃない。
「結構。では後ほどメアドを交換いたしましょう」
名前は知っていてもメアドは知らないのか。まぁ、個人情報保護法があるもんね。
「後で、あなたに『予言の書』というタイトルのメールが届きます。それは今後、本当に起こる事が書かれています。予言を覆す事は出来ません」
また、随分ベタなタイトルだなと思う間に、天使は言葉を続ける。
「あなたに解りやすい例をあげると……そうね、ちまたで囁かれている大地震が起こると書かれていたら、必ず起こります」
やっぱりと、私は思った。
そういう天災系のネタだという予感はしていたのだ。人類滅亡と聞いた時から。
「あなたに出来る事は、その内容を見て軌道を修正すること」
「どうやって!」
天災を、どうやって回避しろっていうんだ。
心から思う私に、天使は馬鹿にしたような笑みを向けた。
「地震が起こると解っていたら、人間を避難させる時間ぐらいあるでしょう? もちろん、あなた本人が言い出したぐらいで避難する人間はいないでしょうけど」
どちらも納得できたので、悔しいが私には何も言えない。
「あなたは、あなたが最善だと思うように軌道修正をして、メールを返信してください。何日か後に結果が出るでしょう」
それって、もしかしてリレー小説?
いや、リレーシナリオか。
「覚悟が決まりましたか?」
と、天使が不適に笑う。
私は頷いた。
何にしても、これは夢なんだから。
「では、メアド交換しましょうね」
天使からのメール。
ばかな夢を見てるなぁ、私も。そんな事を思いながら、私は天使にメールアドレスを送っていた。
from 天使
sub 『予言の書』
『20××年3月
某合衆国某州某村にて正体不明の伝染病が発症。
1日で100人あまりの人間が死に至る大惨事となる』
次の日、目を覚ました私のケータイに、そんなメールが入っていた。
伏字の部分はまぁ、私の常識的判断により伏せさせて頂きましたと言うことで。
私は、昨夜の出来事が夢ではなかったらしいことを、認めざるを得なかった。
どうしよう。
本当に人類存続の全権を背負わされてしまったみたいだよ、この私が。
どうしよう。どうしよう。
とりあえず、考えよう。
3月―何日かは書かれてないけど、もう3月だし。つまり今日か明日かも知れないって事。
伝染病だよね。伝染病。
某合衆国は世界一の大国だし。科学技術だって世界一の筈。
そう、先ずは医師の派遣。
それで、病気の原因を追及。
解明に成功し、ワクチンを完成させる。
よし、完璧。
私はその夜のうちに『予言の書』を返信し、眠りについた。
そして、自分に課せられた運命の重さを再認識したのは、その数日後の事だった。
「こんばんは、奈津実さん」
天使が現れたのは、私がメールを送信してから数日後の事だった。
この間と同じように唐突に、私の部屋に現れる。
「さて」
と、天使は切り出した。
「いきなり、やってくれましたね」
やってくれたって、あのメールの事だよね?
何とか軌道修正できたってこと?
その割には、天使の視線が冷たく突き刺さっている気がするんですけど。
「私、なんか変なことした?」
「結果的に」
と、天使がため息混じりに告げる。
「貴女は、なにもしなかった。というか、あなたがやろうとした事は、全く無駄になったことを報告します」
どういう事?
私がきょとんとしていると、天使は頭を抱える。
「いいですか。あなたがのほほんとワクチンの研究などさせている間に、世界中に伝染病が蔓延することを危惧した政府によって、村にはミサイルが投下されました」
はい?
「村は、伝染病と共に全滅です。おめでとう、人類は伝染病によって滅亡することはなくなりました。あなたの手柄ではありませんが」
冷たく、天使が言い放つ。
「嘘つかないで。そんなニュース知らない!」
あのメールを受け取ってから、毎日ちゃんとニュースをチェックしていた。会社でこっそりインターネットで検索かけたりもした。
でも、伝染病の事もミサイルの事も報道された事は全くない。
「報道規制は、えらい人がよく使う手段ではないのですか?」
私は、自分の両手が震えていることを自覚した。
気づいてしまったから。
伝染病から国を守るために、某国の政府は村をひとつ焼き払った。
それを、本当は私が行わなければならなかったのだと、この天使は言いたいのだ。
「そこまでの、大惨事だったの?」
私の言葉に、天使はそれはそれは大仰にため息をつく。
「初めてだから、大惨事になる前にと情けをかけたのが仇になったようですね」
頭に血が上った。
「ちゃんと質問に答えてよ!」
「死者の数が二日で一万人と書いてあれば、納得できましたか?」
天使の冷たい目に睨まれ、私は言葉を失った。
単純計算だ。
一日で100人なら100の2乗で二日で一万人の死者が出る計算になる。
「あなたがもっと上手に動けば、政府もそんな決断を行わなかったかもしれませんね」
天使の言葉は私にとってとどめになった。
目頭がじんと熱くなり、私は自分が泣いている事を知った。
「続けますか?」
どれぐらいの時間が過ぎたのだろう。天使の声に、私は涙をぬぐい、顔を上げる。
何を?
反射的にそう聞きかけ、愚問であることに気づく。
「続けなければ、どうなるんだっけ?」
私の質問に、天使は相変わらず無表情に答える。
「既に、賽は投げられた。人類には滅亡の道しか残されていません」
「続けたら、滅びないんだっけ?」
「それは、貴女しだいですね。まぁ、先は見えたようなものですが」
この天使、やっぱり根性が悪い。ま、最初から好かれてない事は解っていたんだけど。
「あれ、あんたが書いたの?」
あれとは勿論『予言の書』の事だ。
天使はちょっと考えるように、首をかしげる。
「シナリオは大勢の天使によって書かれています。その中からあのシナリオを選んだのは私ですが」
そう。それを確認したかった。私が戦う相手が、誰なのかということを。
「名前、教えて」
「好きなように呼べばいいじゃないですか」
と、苦笑する天使に、
「あなたの名前が知りたいって言ってるの」
きっぱりと言い切る。
天使の唇から、何か不思議な音が漏れた。
「聞き取れました?」
私は首を振る。
名前どころか、声にすら聞こえなかった。
「人間にはどうせ、聞き取ることも発音することも出来ない。だから、好きなように呼んでいいですよ」
好きなようにと言われれば、今の私にはあの名前しか思い浮かばない。
「じゃあ、シシュフォス」
「シシュフォス?」
と、天使は眉をひそめた。
シシュフォスは、ギリシア神話に出てくる罪人だ。
罰として大岩を担いで山に登らなければならないのだが、山頂にさしかかると重みで岩が転がり落ちて。
だから永遠にシシュフォスは岩を担いで山を登り続ける。
その罰を受ける様は、『不条理』という言葉で表現された。
私は天使を見る。
天使もまた、不思議そうに私を見ている。
さらさらの茶色の髪。薄紫の瞳は、いつも不機嫌そうに私を見ている。
そう。私に、この不条理を押しつけた。私はこの天使と戦う事を決めた。
人類存続の全権? くそくらえ。
重い荷物は、ちょっとだけ脇によけて。
私は、私の為に、この不条理と戦うことを決めた。