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サイは投げられた -

📚 目次

1 その他 (6ページ)

無題
└ プロローグ
1
📍 無題
└ 第1話
2
無題
└ 第2話
3
無題
└ 第3話
4
無題
└ 第4話
5
無題
└ エピローグ
6
2/6 ページ

「議長の出した目は、6と2で8、3と6で9、6と5で11……」


 私の前に突如降り立った人物は、いきなりそんな数値を並べはじめた。


「3と3とで6ですがゾロ目は振り足しができるルールがあり、次の目が5と5、2と2と振り足しが続きまして、結局25になりました」


「はい。それで?」


 やっと数字が途切れたのを見計らい、慌てて口を挟んだ。


「あなた、何?」


 突如、人の部屋の中に現れたと思ったら、挨拶もなしにいきなり数字の羅列である。驚く以前に、呆気に取られていたというのが私の本心だった。


「おめでとうございます。上木田奈津実さん。あなたに人類存続の全権が与えられました」


 なんですか? それ。


 というより、私の疑問に答えていただけませんかね?


「だから、あなた何?」


 ちょっと引きながらもう一度尋ねる私に、その人はにっこりと笑って答える。


「ああ、名乗るのを忘れておりました。私は天使です」


 天使?


 目の前に居る人は絵本や宗教画で見る天使とは全然違っていたので、天使と言われても全く納得できない。


 茶色の髪の、えらくきれいななお姉さんという印象しかない。


「でも、羽生えてないし」


「そんなものを生やす趣味はありません」


 趣味の問題なんだ?


「頭に輪っかもないし」


「光輪が見えないのは、あなたの心に邪念があるからでしょう?」


 何者かはさておき、失礼な人だという事だけは解った。


「で、天使さんは何で私の名前を知ってるわけ? で、どうしてうちに来たわけ?」


「だから」


 と、天使を名乗る人物はちょっと疲れたようにため息をついた。


 もしもし? ため息つきたいの私のほうなのですけど?


「もう一度、言いますね。紆余曲折の末に、ダイスはあなたを指しました。あなたには人類存続の全権があるのです。上木田奈津美さん」


「じんるいそんぞくの、ぜんけん?」


 その言葉を繰り返してみる。


 繰り返してみたものの、やっぱり意味が解らない。


 私、上木田奈津美。22歳。


 漢字で6文字の名前は嫌われる事が多い。


 名簿や名詞を作る時によく嫌われる。名字が三文字なのだから、せめて名前を二文字にして欲しかったのだが、今は亡きお祖母ちゃんがつけてくれた名前なので、文句も言えない。


 普通の会社員。


 うん。上司にちょっとそこつ者だと言われる会社員。


 人類存続の全権などとは全く縁のない、ごく普通の人間だ。


 常識人である私にとって、いきなり部屋の中に現れた「天使」を名乗る女とかその女が口にした「人類存続以下省略」などという言葉は理解の範疇を越えるものだった。


 そうか、これは夢だ。


 ようやっと、それに思い至る。


 夢だ。夢なんだ。なぁんだ。悩んで損しちゃった。


 やっと納得できた私に、


「ひょっとして、お馬鹿ですか?」


 と、天使を名乗る失礼な女が冷たく言い放つ。


「人類とは、あなた方の事。つまりあなた方が存続できるかどうかが貴女の肩にかかっていると言っているのです。上木田奈津美さん」


 夢のくせに、えらく理屈っぽい。しかもなぜわざわざフルネームで呼ぶのだろう、この天使は。


「でも、なんで私が?」


 私の問いかけに、天使は小さくため息をついて額を抑えた。


 本当にやることなすこと、いちいち失礼だ。


「それも言いましたよね? ちゃんと聞いてくださいよ」


 ああ、そう言えば言っていたような気がする。


「えっと、ダイスが私を指したんだっけ?」


「そうです。本当に不運な事に」


 不運ってどういう意味だと聞きたかったが、なんだか諦めモードに入っている天使の様子に、聞くのが躊躇われた。


「やっぱり最後の25が痛かった……」


 とか、ぶつぶつ言っている。


 なるほど、彼女は私にそんな権利は与えたくなかったわけだ。そんなもの、私だって絶対にいらないのだけど。


「で、その人類存続の全権なんですが」


 私の心の内を察したのだろうか。天使が私の目を見て言う。


「誰にも譲渡は不可能です。つまり、あなたが引き受けなければ、人類存続はありません」


 はい?


「つまり、人類は滅ぶということですね」


「ちょっと待って!」


 慌てて叫ぶ。夢だとしても、それはやりすぎでしょ?


「人類が滅ぶってどういう意味?」


 天使は私の部屋に突然現れてから初めて、私に感情を見せた。


 少しだけ、悲しそうな顔をしたのだ。


「言葉通りの意味です。この星がこの星で有り続ける為に必要な調和を、これ以上失うわけにはいかないというのが、我々の出した結論です」


「調和?」


 調和。


 もういちど口にしてみる。


 改めて口に出すと、長い間、その言葉を忘れていたことに気がついた。


 調和。


 なんて綺麗な言葉だろう。でも、悲しいかな。確かに今、調和は失われているかも知れない。


「自分達の置かれている立場が解りましたか?」


 天使が、事務的な口調で告げる。


 思い当たる事は、私でさえいっぱいあるような気がする。


 温暖化現象を筆頭にする自然破壊とか色々。


「でも、神様に裁かれる程の事かな?」


 便利な生活、飢えのない生活、それを選んだだけじゃない。


「その議論は」


 と、天使がため息まじりに告げる。


「私達の間で、何年、何十年もかけて話し合われて来ました」


 そして、天使は私を見た。


 茶髪だし、格好も普通のジャケットとスカートの姿。前にも言ったけど、綺麗なお姉さんにしか見えない。


 でも、天使の薄紫の瞳に見つめられていると、なんだか落ち着かなくなってくる。


 逃げたいなと、そう思った。


「悠長に話し合ってる間に、急激に情勢が悪化して、現在の結果を迎えました。だから、私も覚悟を決めたのです」


 天使の手が、私の肩を掴む。顔が近くなる。


 むっちゃくちゃ、怖い。


「だから」


 だ、だから?


「本当に、貴女で大丈夫なのか、不安で不安で仕方なくても、我慢しているんです」


 私は逃げたくて逃げたくて仕方がないよ。この場から。


 そんな私をじっと見つめながら天使は震えている。


 怖い、怖い、怖い。


「でも、貴女は選ばれてしまった。ならば覚悟を決めて」


 覚悟を決めて?


「精一杯、抵抗しなさい。貴女は私の最後の希望なんだから!」


 天使は、私を睨み付けながら命令口調でそう告げた。