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考察 - ●怒羅右衛門的考察-「秘密道具」 其の壱「翻訳蒟蒻」

●怒羅右衛門的考察-「秘密道具」 其の壱「翻訳蒟蒻」

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私はドラえもんという作品がいまひとつ不思議でならない。

まず、タイトルからである。ドラえもん という発音はそもそもから間違いで、右衛門という漢字の示すとおり、「うぇ」なのだ。旧字でかくならゑ。

ドラゑもん が正しいのである。

まぁ、それは良いにしても。いっつも何だかんだ言ってのび太を助けてしまうドラゑもんは甘い。甘っちょろい。

そんなんじゃ何のために未来から来たんだか。


未来から来たで思い出した!

ドラゑもんを見る限り、野比家の・・というより現代のタイムマシンの出入り口はのび太の机の引き出しに指定されている。

座標指定するのはいいんだけど、のび太の机の引き出しの中にあったものどうした?

答えは簡単。4次元空間にポイッ!


よく怒らなかったなぁ・・・



まぁ、前置きはこんなものにしときましょう。

今回のお題は「翻訳蒟蒻」

多分ドラゑもんの秘密道具の中でも5本の指に入る有名度でしょう。

その効果とは「誰とでも不自由なく会話できるようになる」というもの。

しかも食べる量はどれだけであっても効果が変わらない。

な ん と い う チ ー ト っ ぷ り

せめて食べる量に関しては制限をつけるべきだったろう。


さて、この「誰とでも不自由なく会話できるようになる」という能力

果たして食べた人がすべての言語を操れるようになるのか?

いいえ、そんな訳がありません。

第一それなら少数側である(大抵はのび太達)人間が食えばいいわけで、集落の人の代表に食わせる意味は無い。

おまけに翻訳こんにゃくが発明された時既に失われた言語が操れるとは思えない。

まさか自動翻訳機の最高峰より先にタイムマシンが発明できるとも思いがたいし。


では何故、すべての人と会話が成り立つのか?


それにはまず、「母語」という概念が必要になる。

多くの日本人の場合

「this is a pen」

と言われたら、「これはペンです」と解釈するはずだ。

頭の中で日本語にするのだ。

そのまま「this is a pen」と解釈する日本人はそう居ない。


つまりはこうだ。

翻訳蒟蒻を食すことによって、一種のテレパスに近い会話手段が使用可能になる。

それはつまり相手の母語に訴えかける言葉に自分の言葉が自動変換され、

また、相手の言葉が自分の母語に変換されるように体の仕組みが変わるのだ。

表現そのものはどの言語にも共通するものがあるはずだ。

日本が唯一例外な「まんま」の表現とか。

これは、生まれたばかりの赤ん坊が最初に発する言葉で、

各国ではお母さんを呼んでいるんだ と解釈される。

なぜか日本では「飯がほしいんだね」 になるんだけど。


まぁでも、飯が欲しいなら飯が欲しいというニュアンスをイメージすればいいわけで、母語に訴えかけるならばまったく問題は無い。


要するに、翻訳蒟蒻はおよそ原始的な交信手段を追求していった先の産物なのだろう。

早い話が誰かが腹を押さえてたら「ああ、腹痛なのね」って思うわけで。

そういった、「情報を母語に変換する」「母語を情報にする」行為を助長するアイテムだということが分かる。


YESとNOが言えれば生きていける ってのはこういうことなんだよね。

結局のところ。原始人に「スモールライトが無くなっちゃったんだ」なんて言ってもその時代には素材からすらその概念が無いんだから「翻訳蒟蒻は無くてもいい」と、思うんだ。


続け。