ある夜のこと。
居間のコタツでみかんを食べていたマユちゃんは、ちょっとしたおふざけを思い付きました。
それはとても他愛の無いこと。マユちゃんはみかんを丸々一つ、棚の上の招き猫の前に置いたのです。
誰も見ていない所で、こっそり招き猫がこのみかんを食べるんじゃないかと思ってのことでした。
マユちゃん自身、そんなことあるはずがないと分かっていたのですが、この時は、ちょっとおふざけがしたい気分だったのです。
マユちゃんはくすくす笑うと、2階にある自室へ走っていきました。
翌日
起きて居間に向かったマユちゃんは、目を丸くしました。
食べられていたのです、みかんが。昨晩招き猫の前に置いたみかんが。
みかんがあった場所には、きれいに開いた皮だけが鎮座しています。
最初は動揺していたマユちゃんですが、少し経ったら何だか楽しくなってきたようでした。
招き猫のあたまを撫で撫でします。
その日の晩
マユちゃんはまた昨日と同じように招き猫の前にみかんを置いて、自室へ向かいました。
布団にくるまりながら、胸を踊らせます。
さぁ、明日はどうなっていることでしょう。
翌日
やはりみかんは食べられていました。昨日と同じ結果です。
マユちゃんは目を輝かせ、招き猫を見つめます。
この招き猫ただの置物なんかじゃない。誰も見ていない所で動く、不思議な招き猫なんだ。
マユちゃんはそう確信しました。
その日からというもの、マユちゃんは毎日のように、寝る前に招き猫の前にみかんを置きました。
期待を裏切ることなく、翌朝になるといつもみかんは食べられていました。
誰にも知られていない、マユちゃんだけの密かな楽しみでした。
ある日のこと−
マユちゃんは思いました。
招き猫はどうやってみかんを食べているんだろう。
この招き猫は世間一般でよく見る、片手をあげた白い招き猫。別に変わったところはありません。
この招き猫がどうやって動いているのか、マユちゃんはとても不思議に思ったのです。
そこでマユちゃんは思い立ちました。
今晩、こっそり招き猫を観察してみよう。
そして夜。
マユちゃんはいつも通り招き猫の前にみかんを置き、居間の押し入れに身を隠しました。
襖を少しだけ開けて、招き猫の挙動を見守るつもりなのです。
電気を消しているため真っ暗で、少し不安なマユちゃんですが、じっと息を殺して時が来るのを待ち続けます。
しかし、いくら時間が経っても招き猫は一向に動き出そうとしません。
当然みかんは同じ場所に鎮座したまま。
マユちゃんは眠たくなってきたようで、小さなアクビをもらします。
今日はもう動かないのかな。
マユちゃんがそう思ったときでした。
ひとつの足音が聞こえてきました。居間の方に向かってきています。
マユちゃんは閉じかけた瞼を開けました。
足音は段々と近づいてきて、居間の前で止まりました。
マユちゃんは改めて息を殺します。
少し間を置いて、居間に繋がる襖が開かれました。そして、何者かが居間に侵入してきました。
そいつはゆっくりと歩みを進めると、招き猫が置かれた棚の前で止まりました。
「あれ、なんでこんな所にみかんが?まぁいいか、丁度のど渇いてたし、もらっとくかぁ…」
そいつは寝惚けたような声で、そう言うと、招き猫の前のみかんを手にとり、皮を剥き始めました。
そして、もちゅもちゅと食べ進めます。
それを見たマユちゃんの身体は小刻みに震えていました。
それは恐怖とかそういった類いのものではなく、単純に、
「とぉちゃんのアホー!!」
怒っているのです。
「うおぁ!」
押し入れの襖を激しく開け放ったマユちゃんは、みかんを食べた犯人、お父さんを睨み付けました。
「マユ?…なんで…」
怒っている理由はただひとつ。みかんを食べていたのが招き猫だと信じていたのに、本当はお父さんが食べていたからです。
「…マユ?」
悔しくて目から涙をこぼすマユちゃん。強く握った手はふるふると震えています。
「とぉちゃんなんか大っ嫌いじゃー!」
「えぇ!?」
怒りを爆発させたマユちゃんは、お父さんを怒鳴り付けると、走って居間から出ていってしまいました。
取り残されたお父さんはわけが分からず、半分残ったみかんを片手に、呆然と居間の出口を見つめていました。
わけが分からないけど、マユちゃんを怒らせてしまったことは事実、お父さんは半分のみかんをもとの場所に戻すと、マユちゃんの後を追いかけました。
「マユー!なんか知らんけどとぉちゃんが悪かったー!許してくれー!」
………
……
…
居間から誰もいなくなってから数分後。
静寂を取り戻したはずの居間に、奇妙な音が静かに響いていました。
もちゅもちゅもちゅ
もちゅもちゅもちゅ
…
…げぷっ…
招き猫の前には、綺麗に開かれたみかんの皮だけが鎮座していました。
〜おしまい〜
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