「おかえりなさいませ」
ㅤ仕事からくたくたになって帰ってきた俺を、玄関でAimer
(エメ)が出迎える。
「……ただいま、エメ」
「本日の夕食は、カレーライス、シーザーサラダ、ヨーグルト、牛乳でございます。今朝、給食が懐かしいと仰っていたため、インターネットで調べさせて頂きました」
ㅤ彼女は炊事から洗濯、掃除まで家事全般の世話をしてくれる謂わば“専業主婦”だ。
ㅤ彼女、と言ってもエメは人間ではない。艶やかな黒のロングヘアに丸い頬、二重目蓋にくりっとした大きな瞳、小さな鼻。俺好みに作られた、家事用アンドロイドだ。
ㅤ性格などは自分で設定することができる。だが、機械にめっぽう弱い俺は何を何処で間違えたのだろうか。彼女は俺のことをこう呼ぶ。
「お前、鞄をお持ちします」
「ああ、部屋まで頼むよ」
「かしこまりました。お前が食べ終わる頃までにお風呂を沸かしておきます。お疲れを癒してくださいませ」
ㅤ一度設定したものは変更がきかないらしく、俺は当分「お前」と呼ばれるしかない。幾らか変な気はするが、それもまあいいだろう。
ㅤ俺は玄関に腰を下ろした格好のまま、エメに問う。
「なあ、エメ。お前はこの生活が嫌にはならないのか?」
「この生活、とは。1日中家の中で家事をする生活、ということでしょうか」
「……そうだな」
「私は、家事専用のロボットです。家事をすることが私の存在意義であり、そこに私の意思は存在しません」
「そうか、そうだよな」
ㅤアンドロイド――……機械に、心など無い。生まれることもない。質問自体が見当違いだった。
「……じゃあ、俺の存在意義ってなんだろう」
「存在意義とは、存在しているということの重要性や価値を意味する言葉です。環境問題からすれば、存在しているだけで汚染に繋がりかねません。人間関係で何かお悩みなのでしたら、でき得る限り協力致しましょう」
「俺はもうダメかもしれない」
「で?」
「仕事じゃ失敗して、まだ処分は決まってないけど嫌な予感しかしないし、彼女には何百万も貸したのに遊ばれてたってことがわかって別れて、挙句返してもらえてないし……借金も増えていく一方で、エメ、お前も差し押さえになるかもなぁ……」
「で?」
「……俺にはもう家族もいないし、失うもんは何も無い。いっそ死んだほうが、楽になれるんじゃないかな、って」
「慰めてほしいのですか?」
「殺してほしいよ」
ㅤエメはアンドロイドだ。感情を宿さず、元々顔は微笑をたたえているが、それが変化することはない。彼女は幾らか機械音が混じった声で、告げた。
「お前が歯を食いしばって生きようが、1人寂しく死んでいこうが、世界は明日も変わらず回り続けます。ご奉仕する主人がお前でなくとも、壊れる度に修理して頂ける限り私は生きていくことができます。お前がいなくても生きていける、ですが、お前がいないと私は、生きづらいのです。……夕食が冷めてしまいます。召し上がってから、今一度お考えくださいませ」
ㅤ短く一礼してこちらに背を向けると、エメは俺の部屋へと続く階段を上っていった。その後ろ姿を見ながら、俺は1人呟く。
「俺は最高に幸せ者だ。……エメ。お前が人間の女の子だったら良かったのになぁ……」
ㅤ
ㅤ
ㅤ
END