簡単無料小説

タイムマシン - 0 0 0

0 0 0

1/1 ページ

 私はキーボードから指をはなして、椅子の背もたれに体重をかけ、大きく体をのばす。深くため息をついた。

 途端に、七畳の部屋は音に満たされる。蝉がじーじーと暑苦しい叫びをあげ、扇風機が苦しそうにうなる。窓際におかれたギターが、弦を風に揺れたカーテンになでられて、調子外れに歌った。

 それは今まで聞こえていなかった音。聞いていなかった音。私は驚いた。

 窓の外はすでに、燃えるようなオレンジ色に染まっていて、私はタイムスリップをしてしまったかのような錯覚を覚えていた。悲しみとも痛みともつかない微妙な気持ちが、じわじわと心臓の下辺りから上ってくる。

 加速度的に傾いていくオレンジと黒の陰影が、一分ごととに七畳の世界を塗り変える。そこにあったものが、そこではないどこかに行ってしまう、焦燥感。私の目は、自然と時計の針を追った。

 一定のリズムで回転する秒針。私には、どうしてもこれが等速で進んでいるとは思えない。今だって、少し意識を目の前からそらして、考えることをやめれば、時計の針は私の知らないところで加速して、私の知らない時間を刻む。

 空は青かったのに。

 私がキーを叩いているあいだ、この景色は、この音は、この臭いは、この手触りは、この味は、いったいどこに行っていたんだろう。

 私はずっとここに座っていたけれど、いったい私はどこに行っていたんだろう。

 疑問がどんどん膨らんで、歯止めが利かなくなる。

「あ。」

 という、自分の声で我に返ると、窓の外はもう暗く、蛙が鳴いていた。ひんやりとした気持ちのいい風が吹いていた。

 また、心臓の下がもやもやした。

 これはそう、きっと、さみしさ。私なんかに目もくれず通り過ぎ、思い出にすらならない日常への小さな感傷。

 覚えておこう。

 それから私はいつものように思うのだ。

 私の部屋はタイムマシン。ただし、操縦不能、未来への旅行に限ります。

 

1/1 ページ
作品詳細