君との距離が近くなる、から
Side:Suzaku
「好きでしたよ」
嘘だと、反射的にそう思った。
嘘を吐くのは彼女の兄の方なのに。彼女は嘘つきじゃないのに。
でも僕は、嘘だと、そう思ってしまったんだ。
冬の厳しさが、マントを通しても伝わる寒さ。
僕はナナリー代表が去った回廊から出て、雪が降っているというのにそのまま外へ出ていた。仮面越しに真っ暗な、でも月の周りだけ少し藍色の空を振り仰ぐ。満天の星空が広がっていて、そんな空から雪が舞い散る様はとても綺麗な夜だと何とはなしに思った。
先程唐突に去って行ったナナリー代表の姿を思い出し、僕は目をすぼめる。
あの時の会話で、ある事を思い出した。
そして、その事が彼女を苦しめているという事を、去り際の涙で気付かされたのだ。
僕は今の今まで忘れていて、その上そのまま過ぎてしまっていたかもしれない今日という日を、彼女が思い出させてくれたけど、届きはしない言葉を口にしてみせた所で何が変わるのだろう。寧ろ忘れていたままの方が、きっと良かった。だって、僕にはその言葉を口にする資格なんてない。ましてや、彼女の前では特に。
ぎゅっと拳を握り、僕は俯いた。
薄情……?
それでも構わない。
きっと、彼も望まない。
これは僕のエゴだから。
だから。
………絶対に、言えない。
届きはしないと分かっていても。
ただの独り言に過ぎないとしても。
「――私に、何か用か」
僕は背後の気配に声をかけた。
振り返りもせずに声をかけられた当人は、その気配を一瞬揺らがせる。
「流石ね、気付いてたってわけ?」
振り向かなくても幾度も感じた事のある気配だったし、殺気もなかったからそのまま言葉を続けた。
「君はこの館内に入れる身分ではないと思うが」
身分、というより一般人はという意味だ。
「そうね。でも学校帰りに扇さんから此処に貴方が来ているって訊いて、特別に通してもらったのよ」
カツ、コツ。
足音が僕の真後ろで止まる。
「スザク」
「……私は『ゼロ』だが?」
「……アンタがそう言うならいいわ、乗ってあげる。――じゃあ、『ゼロ』」
相変わらず殺気はない。
だけど、一年ぶりに――いや正確にはあの世界を賭けた大戦以来彼女と直接言葉を交わしたことはなかったからそれ以上か――会った彼女から殺気が欠片もないなんておかしい。
本当なら、武器を向けられても不思議じゃない筈なのに……。
いや、例えそうでも、今の僕に武器なんて向けた時点で一般人でしかない彼女はアウトだろう。何せ、どこの国にも属さない世界の英雄『ゼロ』を害そうものなら誰もが黙っていない。
でも、殺気立ってそうな彼女が欠片も見せないなんて……。いや、単に抑えているだけか?
ルルーシュ程の頭脳を持っていない僕にはいくら考えても何故彼女が殺気を見せず――寧ろ穏やかそうな空気を纏って立っているのか分からなかった。
「貴方に言いたいことがあるの。……でも、貴方が『ゼロ』なら今からいう事は全部独り言になっちゃうわね」
「?」
意図が読めない。
一体君は何が言いたいんだい?
「……ごめんなさい」
「!」
僕は思わず目を見開いた。
「貴方達の覚悟、私には気付けなかった。見えるものだけを信じて、縋って、ただ踊らされていたわ」
そこまで言われて僕は何故彼女がこんな所へ来て、僕にこんな事を言いに来たのかを悟った。
僕は何処の国にも属さない中立者で、情勢上、日本とブリタニアの橋渡しの為に二国間を行き来していたけれど、基本はブリタニアで仕事をしていたからあまりこの国にはいなかった。その上、誰にも素顔を知られるわけにはいかなかったから居住区には完全に誰も入れないようなセキュリティの高い所に滞在するのが多く、今日みたいに政庁で仕事する時もあまり長くプライベートエリア以外の場所には出て来ない。でも、今日は扇首相とナナリー代表の会談で自分も加わったから――。元黒の騎士団のよしみだからだろうか、自分の権限で彼女を入れたのだろうこの政庁へ。
「公私混同」という単語が思い浮かぶけれど、それ程切羽詰まっていたのか。
確かに、一般人が『ゼロ』と面会する事は通常不可能だけど。
そうまでして、言いたいことがあったのか。
それが、謝罪?
「あの時、確かに自分の信念で戦っていると思ってた。それなのに……」
喉に言葉が張り付いたように言葉を詰まらせる彼女。
「あの大戦が終わって、ルルーシュが死んで、日本が正式に解放されて、そして世界が概ね平和になって。色々気付かされたの。本当は、違ったって。ただ、ルルーシュが私を何とも思っていなかったのが悔しくて、悪逆皇帝と呼ばれても世界を敵に回す姿に勝手に幻滅して。今まで彼を守ってきた私だからこそ、私が彼に引導を渡すんだって思ってて」
「………」
「貴方達みたいに、真剣に世界を見つめて戦ってたわけじゃなかった。ただ、自分の事と自分の身近な人の事しか考えてなかったんだって。」
「………」
「何より、私はあいつが嘘吐きだって知っていたのに……最後まで信じてあげられなかった」
嗚呼、そうか。これは僕の嘆きでもある。
「知っていたのに……」
そう、知っていたよ僕も。でも、
「信じなかった……」
雪は尚もしんしんと降り続ける。
僕は相変わらず彼女に背を向けながら、徐(おもむろ)に口を開けた。
「カレン」
背後でぴくりと気配が揺るぐ。
彼ならなんと言うだろう。
「君は間違っている」
「!」
多分、君は……きっと、こう言うんじゃないかな。
「君は君の信念に従って行動したまでだ。だから、君は私に謝るべきじゃない。……それに謝罪すべきは私にではない、相手を間違っている」
最後は僕のセリフだ。でも彼女なら分かるだろう。
「君は君の正義を貫いた。その正義を私は間違いだとは思わない。しかし、最期まで貫き通さない正義など、それは正義とは呼ばない。少なくとも私はそんな安いモノを正義とは認めない。カレン、君の正義は最期まで貫き通せない陳腐なモノなのか」
僕は彼女を振り返った。呆然と見開く彼女の目に、僕は仮面の中でフ、と唇を上げた。
「何を…」
「私の知っている君は、違う筈だ。例え、世界の覇者たるブリタニア皇帝相手にもその正義を貫いた君の剣は今も生きているだろう。君の剣は決して折れていない。君には、多くの守りたいモノがある筈だ。そしてその為に剣を取った筈。君の剣は守るべきモノの為にあるからこそ、強くてしなやかだ。貫き通せ、カレン」
「『ゼロ』」
「君の剣は、汚れてなどいない。その清廉な願いが君の強さなのだから。……信じられなかったと嘆くなら、『彼』の遺した世界を信じれば良い」
「!は、い…」
「なら、貫け。君の信じる道を、明日を。それが、君の信じられなかったという『彼』の信じたモノの筈だ」
勝気なカレンが瞳から涙を流している。それ程までに追い詰めていたのだろうか。でも、本当に勘違いしないで欲しい。僕は君の正義を間違いだとは思ってないから。そんな事は昔の自分なら兎も角、今の自分には間違っても言えないから。僕の正義は独り善がりの紛い物でしかなかったと、気付けたから。信じるべき正義は、誰かの正義を否定するものじゃないと、知ったから。だから。
「最期まで貫き通せぬ正義など、それは正義ではない。それは『不義』というものだ。……君ならこの意味が分かるだろう、カレン」
僕がそう問うと、彼女はスカイブルーの瞳に毅(つよ)い輝きを取り戻して、力強く頷いた。
「ええ……、分かるわ」
……どうやら、彼女にもこの意味が通じたらしい。
なら、大丈夫だ。彼女なら――最期まで貫ける筈。
『好きでしたよ』
嗚呼、今なら彼女の言葉を信じられるような気がする。
何となくだけど、カレンと話したことによって何かが軽くなった気がした。
僕も彼をずっと信じられなかった。信じてあげられなかった。
だから、カレンの嘆きに僕も気付けた。
彼ならカレンになんて言うだろうと思ったら、そうだ信じれば良いんだと気付いた。
信じられなかったら、信じれば良い。それがたとえ嘘でも、その嘘ごと彼の優しさを信じれば良いのだ。
ナナリー代表……、ナナリーも言っていた。好き、だったと。
この地に生まれたかったと言うくらいに、この国の雪が、この国そのものが。
好きだ、と。
幼い彼を傷つけて甚振(いたぶ)って、蔑んだ――日本を、彼は嫌っていると思っていた。
でも、好きだと言ってくれた。
その言葉を僕は信じたい。
だって、その言葉が本当なら嬉しい。
僕が守れなかった国を、守ろうと軍に降(くだ)った国を、好いてくれたから。面影さえなくなったこの国の姿を知りながらも、嫌悪せずにいまだに好いてくれていたのだから。
守る価値のない国ではないと、教えてくれているようで。あの日の自分は間違ってなんかいなかったと言ってくれているようで、嬉しいんだ。
思えば、僕が軍に所属し、ランスロットで戦場を駆っていた時も、君は僕の正義を全否定はしなかった。少なくとも、ギアスで捻じ曲げなかった。それは僕の正義を尊重してくれたからだろう?ギアスで命令すれば直ぐに君の仲間となってブリタニアに反旗を翻していた筈なのに。君は結果重視で、効率重視の策略家だっただろう?その君が何で、わざわざ長期的な上に確率も低い可能性に賭けて勧誘のみで終止していたんだ?自信があったから?僕は君以上に頑固だって事くらい知っているだろうに。
「カレン、君は今日は何の日か知っているか?」
暫く沈黙していたのに唐突にそんな事を言ったからだろうか。「え?」と相手の返事が遅れる。僕はそれに構わずに続けて言った。心なしか軽やかな口調で。
「今日は、悪逆皇帝の19歳の誕生日だ」
「ルルーシュ、の…?」
ホワイト・バースデー。
なんだか、クリスマスみたいな響きでちょっとおかしい。
でも、彼が好きだと言ってくれたこの国の雪が降っている。これは君への手向けになるだろう。
僕は回廊から見える空を見上げた。
ねえ、ルルーシュ。
僕も、最期まで貫いてみせるよ。僕の正義を、君の正義を。君が最期まで貫いた――、
世界で一番優しい嘘を。
だって、貫き通せないならソレは正義じゃなく「不義」だから。
なら、貫いてみせるよ。君への「不義」にならない嘘を。
ずっと。
君との距離が近くなる、から
僕はこの季節が好きだよ、ルルーシュ。
あとがき
遂にスザクのターン。2でスザクにするって言ってたけど、タイトル的に3にしました。4はまだ未定です♪
今一伝わりにくい内容だったかなあと書いた後で思います。スミマセン。1でナナリーが言っていた「好きでしたよ」は日本のコトです。うん。
あと、不義のトコロは色々意味を掛けています。伝わりにくいけど。
R2のカレン達黒の騎士団の最終決戦時点での評判はすこぶる悪いですけど、自分的には間違ってなかったと思います。いや、普通に魔王が世界を支配するっていうなら全うな奴だったら反対するでしょう。ナチスだったら思いっきり叩くでしょう、世界は彼をね。うん。シュナイゼルの策略に気付くワケないし、普通に悪逆皇帝VSになると思う。カレンの「止めたい」と思う気持ちも、勿論自分を選んでくれなかったという所も少なくはないとしても確かにあったわけですから。ルルーシュが盛大な自殺するとは思わないし、スザクの言う覚悟もカレン達に伝わる筈がないんですよね、あの時点では。だからこそあの最期で一部の人間は気付けたんですから。だから、皆間違ってなかったと思います。皆がそれぞれの信念の元で己の正義を信じて手を取り合って戦った、その事がルルーシュにとっても望む未来への一歩だったと思います。うん。あくまで自分が最終話まで通してギアスを観た感想なんだけどね。
2013.2.27.