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失われた大地 -

📚 目次

1 一章 (2ページ)

📍 無題
└ 一節
1
▶ 無題
└ 二節
2

2 二章 (4ページ)

▶ 無題
└ 一節
3
▶ 無題
└ 二節
4
▶ 無題
└ 三節
5
▶ 無題
└ 四節
6

3 三章 (3ページ)

▶ 無題
└ 一節
7
▶ 無題
└ 二節
8
▶ 無題
└ 三節
9

4 四章 (2ページ)

▶ 無題
└ 一節
10
▶ 無題
└ 二節
11

5 終章 (2ページ)

▶ 無題
└ 一節
12
▶ 無題
└ 二節
13

無題

一章 / 一節
1/13 ページ

 産卵期を迎えた魚のような影が、白雲の中に入っていく。それを〈アルバス〉艦長クレアが確認する。くすんだ金髪に、長身以外は普通の男だった。だが、今は尖りきった眼で潜望鏡を覗いている。

 クレアが舌打ちしたのと、ウェディからの報告は同時だった。

「艦長、〈ユースロス〉、レーダーからロスト。電磁雲に入ったようです」

 潜望鏡から顔を外し、クレアは艦長席から正面を見つめた。そこには空雷発射管を持つ空中戦艦の管制室らしく、種々雑多な電子機器が並んでいる。もっとも、戦艦といえども、乗組員はクレアとウェディの二人しかいないが。

 正面の画面にはこの空域一帯の空図が映されている。〈ユースロス〉のこれまでの航路が青い線で描かれており、その青い線は、普通の雲とは別に黒く表示されている電磁雲への突入を境に途切れている。

「無茶しやがるな、全く」クレアは苦々しくつぶやいた。

 通常の雲とは違い、電磁雲に入れば確かにこちらのレーダーから完全に逃げられるが、その逆も成り立つ。さらに、艦の電子機器にダメージを与えることにもなる。まともな船乗りならまずやらないことである。それだけ向こうも必死というわけだが、だからといって逃がすわけにもいかない。獲物を逃がしたハイエナに、生きていく術はない。

 クレアはざっと空図を見渡し、早々に結論を出した。

「機関全速。針路0―9―0。高度7000にとれ」

「0―9―0ですか?」ウェディが首を傾げる。「反対側に抜けられたら逃げられちゃいますけど」

「俺には分かる。〈ユースロス〉は東に行く。文句はあるか?」

「はあ、特には……」

「なら、とっと言われたことをしろ。ぐずぐずしてると飯抜くぞ」

「了解しました」

 最後の言葉が効いたのか、ウェディはそれ以上文句を言わずに頷いた。クレアの指示を達成するのに必要な数値を艦のコンピュータに入力し、反映させる。

 主力機関が獰猛なうなりを上げ、〈アルバス〉が上昇する。艦の鳴動に揺られながら、クレアはこまで何度も読み返した依頼主から渡された〈ユースロス〉の資料を眺めていた。

 輸送船〈ユースロス〉。浮島ユベルの行政府直轄の船であり、他島との交易のために長く使われていたが、一ヶ月前に乗務員が離反。積荷を届けることをせずに逃亡する。面子を潰され、怒りに駆られたユベル行政府は〈ユースロス〉をウエストエリア一帯で指名手配、〈ユースロス〉撃墜に、財政難の噂とは反する高額の賞金をかけた。その仕事を拾ったのが、クレアである。

 クレアは不意に、大きく息を吐いた。ウェディに言ったことは嘘ではない。クレアは本当に〈ユースロス〉の内情が手に取るように理解できた。

 資料には記載されていないが、〈ユースロス〉の離反に何ら政治的、あるいは思想的な理由はないだろう。彼らは単に餓えていたのだ。人類が地上を棄て、空にその居住空間を移して約五十年。たかが旧式輸送船の乗組員たちが十分に食っていけるほど、人間は空の生活に適合できていないし、空もそれを許すほど寛容ではない。

 〈ユースロス〉の乗組員たちはそんな状況に耐えられなくなり、ただ逃げれば何とかなるという夢を抱き、実行しただけに過ぎない。

 だが、その〈ユースロス〉を追うのは、空雷を搭載した攻撃型戦艦〈アルバス〉。全長60メートル、最大航行高度8000メートル、空雷発射管を2門もつ。エーデル島中期製造の輝石直結型駆動型の主力機関、7枚翼のガルムド・スクリューは最高戦速350キロメートルを誇る。戦艦としては中程度の能力だが、旧式の輸送船が相手をできるものではなかった。

「高度7000に到達」ウェディが報告する。

 ウェディの報告に、クレアが時計を見、鋭く声を飛ばす。

「1番空雷装填。装填後、20秒後に探信波を打て。〈ユースロス〉の位置を特定する!」

「了解。空雷装填……良し」

 時計を見ながら、ウェディが応える。

「……探信波、打ちます」

 〈アルバス〉から電磁波が投射され、電磁雲を除く半径500キロメートルの範囲を浮き彫りにする。

「反応あり! 前方8000メートルに、速度50キロで静応航行している艦あり。探信波より形状特定……〈ユースロス〉の形状と一致! ほんとに居ました!」

「当たり前だ」

 クレアがつまらなそうに言う。

 ウェディが懸念したとおり、〈ユースロス〉には西に行く選択肢もあった。西には多数の電磁雲が広がっており、位置を特定されづらい。だが、幾多の電磁雲をくぐり抜ける必要があり、艦に負担がかかる。一方、東には気流がある。電磁雲を抜け、レーダーに特定されないよう静応航行で移動し、気流に乗ってしまえば一気に逃げることができる。いつ航行に支障を来すとも分からない電磁雲の中、空雷発射装置を備えた攻撃型戦艦に追われながら、何時間、何日と航海することなく、ただ簡単に。

 両者を天秤に乗せた結果、〈ユースロス〉は危険を排除し、安易に流れた。だが、その弱さをクレアは正確に嗅ぎ取っていた。

「〈ユースロス〉がこちらに気づきました。エンジン始動を確認。逃げるつもりです」

「もう遅い。何もかも」

 クレアは軽く呟いた。意味ある言葉ではない。ただぽつりと零れた言葉だった。

 今頃、〈ユースロス〉の中は悲鳴と狼狽が支配する地獄と化しているだろう。その地獄はクレアの一声によって極まる。そして、クレアはこれまでに幾度となくそれをやってきた。

 クレアは眼を開いた。

「1番発射! 〈ユースロス〉を撃沈しろ!」

 〈アルバス〉の発射管が開き、空雷が発射される。輝石型のHK36空雷は、最大速度が600キロメートルと遅いものの、輸送船を食いつぶすのは十分だった。

 空雷はインプットされたデータ通りに〈ユースロス〉を追い、やがて〈ユースロス〉の艦尾に命中、爆発、撃沈させた。