坂砂(さかさご)城の筆頭家老、寒川新三(さむかわしんぞう)の下屋敷は、城下の外れにあった。もとは別荘として造られた屋敷で、東西南を田地に囲まれ、北に大きな山の控える、風雅な屋敷であった。
その日の早朝のことである。
その下屋敷の庭に、浪人者が五十名ほども集まり、おのおの刀を抜きはなっている異様な光景が見られた。これから斬り合う、というわけではない。浪人たちの前には台座に据えられた兜が三つ置かれ、彼らはその兜に向かって刀を構えているのである。それを、遠くから三人の武士が監督していた。浪人たちの薄汚れた格好とは違い、きちんと裃をつけた、役人体の男たちである。
兜割りであった。
兜割りとは、元は試し斬りの一種である。
試し斬りは刀で実際に物を斬り、刀の良し悪しを見抜くために行われる。斬られるものといて最もよく用いられるのは巻藁(まきわら)であるが、ときには竹、木板、罪人の死体といったものも用いられた。兜もまた、その一つである。ところが、いかな名刀を使おうと、鉄製の兜を割るのは、尋常の腕では叶わない。下手な人間が挑んだら、刀が跳ね返されるのはまだよいほうで、刀のほうが真っ二つに折れることもしばしばだった。そのため、いつしか兜割りは試し斬りと云うよりも、遣い手の腕を試すものへと変わっていったのである。
その兜割りに、浪人たちが挑んでいた。
「セイッ!」「エイッ!」
それぞれ気合いを放ち、兜に刀を振り落とす。しかし、ある者は一寸ばかり食い込んだところで止まり、ある者は弾かれ、ある者は衝撃で腕が痺れて刀を落とす、といった具合で、なかなか成功する者がいなかった。
重苦しい空気が流れる中、突如として、
「おお!」
という、どよめきが走った。
どよめきの中心に、一人の浪人がいた。浪人の前の兜は、すでに二つが真っ二つに割れていた。
だが、どよめきが起こった原因は、それだけではない。苦もなく兜を両断した浪人が、十七、八くらいの少年だったのである。
少年は周囲のざわめきに露ほどの関心も払わず、最後の兜に向かっていた。その手には、刃渡り二尺二寸ほどの、塗料でもつけているのか、それとも特別な鉱石を打ったものなのか、赤い刀身の大刀が握られていた。
鼠色の着流しに、三尺帯を結び、雪駄を履いている。背丈は、五尺三、四寸といったところだろう。雪国の出か、肌が白い。その上、眉が薄く、眉間から鼻、口までの筋が整っているので、女のような容貌であった。額には、何故か不機嫌そうに深い皺が刻まれていて、それが辛うじて、少年が女と見まがわれることを防いでいた。
少年に、赤い刀、それに加えて女貌である。注目されるのも当然だった。浪人たちだけではなく、監督役の三人の武士たちですら、少年を凝視している。
注視の中、少年は赤刀を大上段に構えた。たちまち、まるで敵と相対しているかのような、凍りつくような殺気が立ちこめた。ただ道場で修練を積んだ人間の放てる気ではない。明らかに、この少年が人を斬ったことがあることを周囲の人間は悟り、はたと沈黙が降りた。
刹那――少年の躯が動き、赤い閃きが兜に振り落とされた。
果たして、兜は薪(まき)のように二つに割られた。
少年は刀を検めた。赤い刀身は曲がるどころか、傷一つついていないようだった。
またも大きなどよめきが起こった。その中を、監督役の武士たちが横切っていく。武士は少年の元へやって来ると、割られた三つの兜を一つ一つ確かめた。
「確かに、仕おわせたようですな」
武士の一人が満足そうに云った。
「名は?」
額に皺を刻んだまま、少年は少々甲高い声で答えた。
「連兵吾(つらひょうご)と申します」