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それが始まったのは……六、七年くらい前からだと思います。
ポストに手紙が配達され、電話が毎日鳴るようになりました。……はい。どれも「お前の親は人殺しだ」、「お前は悪い親の子だ」とか、そんな内容だったと思います。……いえ。その頃はそれほど気にしていなかったと思います。私が幼かったこともあるのでしょうが、怖いとか悲しいとかもなしに、ただクラシックのコンサートでいきなりエレキギターが鳴り響いたような、そんな場違いな気分で手紙や電話を受けていたようです。それに、どれも私ではなく、父と母に向けられていたものですから。……いえ。両親は好きではなかった、というより、どこか他人のような気がしていました。でも、一つだけ言えることがあります。私はただの一度も、お父さんやお母さんが悪い親だとは思っていませんでした。
……はい。両親とも家にはいませんでした。でも、家政婦さんがいたので、家のことで不自由な思いをしたことはありませんでした。……そうですね。はい。家政婦さんとはあまり話さなかったと思います。手紙や電話について私が訊ねても、ただ首を振るだけで、私の晩ご飯を作り終えたらすぐに帰ってしまいましたから。
……寂しさ、ですか。いえ、寂しくはなかったと思います。その頃は学校にも通っていましたし、友達も沢山いたんです。それに、PSにも乗っていましたから。あ、PSというのはパワード・スーツのことで、一言でいうとロボットの鎧です。機械の筋肉や骨でできた鎧で、それに乗ることで――鎧だったら?着る?というのが正しいのでしょうけど、三メートルや四メートルもあるのもあるし、そうなると?乗る?といったほうがしっくりきますね――小説やテレビに出てくるロボットみたいに動くことができるというものなんです。もともと体の不自由な人のために作られたそうで、でも、次第に乗り物としても使われるようになって、PSを使ったスポーツ大会まで開かれるようになっていたんです。そのPSの練習場みたいな所が学校の近くにあって、お金を払えば私のような子供でも乗ることができたんです。
……はい。PSに乗るのは大好きです。私のような女の子がPSに乗るのは奇妙に思うかもしれませんが、PSに乗るのは体が小さくて体重が軽い人ほど向いているんです。それでも、やっぱり独特の臭いがあるし、練習機なので転ぶと痛いので、嫌いな女の子は多かったんですけど、私は平気でした。
運動はあまり得意ではありませんでしたが、PSに乗ると車と同じくらいのスピードで走れるんです。練習場の人たちも褒めてくれました。私には才能がある、天才だって。私はその言葉が嬉しくて、毎日、日が暮れるまでいつまでもPSに乗っていました。
……そうですね。その頃の私は、確かに、幸せだったと思います。